Silent History 112





会いたいと言って会える神があろうか。
半信半疑のままそれでも期待を捨てられず彼女の隣を歩いていた。
買いたいものもあるし、せっかくだから街の案内をしてあげると言われた。
願ってもないことだ。
森の深くに入り込むと開けたところに街があった。
簡素で原始的な生活の集落をばかり想像していた。
その考えが一瞬で壊され、脚から力が抜けそうになったのを踏み止まる。
抜ける前と抜けた後、どちらが森の外なのか中なのか一瞬惑い、混乱し、目が眩んだ。
ラナウと案内役の友人が小さく隣で笑っていた。
街は広い。
森の中であるだけに、森を開拓されて木々を引き毟って造った建物や広場はほとんどなく、屋根の上から木が生える、広場の噴水に絡みつくように蔦が走る。
よくよく建物に近づいてみれば、建物の上に木が生えているのではない。
木を取り囲むように家が立っている。

街には市も立つ。

「ここは枯れ葉広場と呼ばれてるわ」
呼ばれていると言われても、歪な円形をした広場は地下水を汲みだして造られた噴水が中ほどに鎮座しているだけで、枯れ葉らしいものはない。
季節が廻れば、広場には風が渦巻き落葉を巻き上げるのだという。
その圧巻さゆえに、年を通して枯れ葉広場と呼ばれているのだと補足した。
枯れ葉は高くに舞い踊る。
それは風で端へ端へと寄せられ、腐葉土となり木々に食われていく。
循環を身近に感じながら生活し、その輪の中で彼らも廻っている。

陰を求めて市場が立っていた。
朝市は毎朝、広場に産物を売りに来る。
大通りや大広場に狭しと市場が並ぶファラトネス出身のタリスは、市場の形態に興味を示した。
街の通りには即席の市場はなく、すべてこの広場に集まってくるという。
なるほど、よく見れば木々の間を走る小路から丸めた敷物を右肩に、商品を入れた籠を左肩から提げた中年女性や、周りを光に群れる虫のように飛びまわりながら歩く子供がいた。
同じような恰好で様々な年齢、性別の者が集まってきては焦って商品を並べるではなく、敷物と荷を肩から地面に下ろしたまま雑談を始める。
天気はどうだろうか、雲の流れからいえば昼過ぎから雨が来そうだ、昨日うちの子供が、といった何気ない話だ。 ここは社交場でもあるわけだ。

朝市に並ぶ品物は、新鮮な食材が主だったが時折加工品も混じる。
案内役の女性が買い求めたのも酒だった。
果実酒かと尋ねたアレスに、樹液で造られた酒なのだと説明した。
夕食にでも並ぶのかと思っていたら、どうやら土産にするらしい。

「連れて行ってくれるという神様への供物か」
神酒とするには儀礼も祈祷も通っていない。

「供えるものじゃないわ。友達への手土産よ」
街は広かった。
複数の街が点在しているのではなく、ひとつの街が森を縫うように広がっている。
住居、商業施設、役所、店舗など外と同じシステムが森で隔絶された街にも布かれていた。
ただここが他に見たことがない、ある種小説の中にでも迷い込んだような幻想的な空気に満ちているのは、木々との共生の環境だった。
どちらが呑み呑まれるとも分からないような絶妙のバランスの中に安定があった。
木々に沈む街。
言い表すならばそういう表現が最適だった。
屋根まで張り出し、道路まで伸びてきた無残に木を切ろうとはしない。
裸の瓦屋根は却って少なく、いずれもが服を纏うように緑葉を湛えた枝を屋根に被っていた。
役所や店舗の壁へ這う蔦は入口へ良い具合に垂れていれば看板が掛けられてあったりもする。
根で押し上げられ隆起した地面を器用に避けながら、談笑しつつ人々が行き交う。

壁から突き出した木の幹を撫でながら背の高い屋敷へと辿り着いた。
蔦をうまく伸ばして生ける柵を作っていた。
器用だとラナーンが感心して柵の曲がりを触れて観察しているラナーンの隣に案内役が立ち、それにも説明を加えた。
何ヶ月、何年か掛けて枝や蔓を育てながら思うように伸ばしていき、柵や棚を作る職人がいるのだと教えてくれた。
気の長い話だが、この街には時間を惜しむ空気はない。
日が昇り日が沈むおおよその単位で日々生き、数値化された時間に追われ、焦り、時に怯えることはしなかった。
その一日の過ごし方も、物語を彷徨っているような浮いた感覚の一因でもあった。
ラナーンら異邦人は郷に習い、苦痛も苛立ちも感じることなく過ごした。

アレスの膝あたりしかない低い囲いに踏み込み尋ねれば、二階窓から声が降りてくる。
上がってこい、という命令染みた言葉に甘えて一行は声の主がいる二階へと石組みの階段を上って行った。
階段は屋敷の内壁に沿っていくつかある部屋を巻き込むようにして
上へと延びている。
二階までたどり着いたが階段にはまだ先があった。
広く立派な部屋に踏み入れれば、先ほど二階から降りてきたそのままの声で招き入れられた。

「神さま?」
ラナーンが呟いた。
こんなあっさり会えていいものだろうか。

「残念、私じゃない」
机の上に整然と重ねられた本の向こうに、卓上で腕を組んだ女がいた。
濃紺の髪に囲まれた目尻の鋭い勝気な瞳、女性らしさを衣服で締め上げたような近寄りがたい堅さがあった。

「彼女は私の友達で、いわゆる巫女のようなものなのよ」
「外でいうような、神託や口寄せなんて芸当はできないけどね」
神に仕えるというよりは神のために敵へ立ち向かうような忍び寄る覇気があった。
組み合わせた手を解き、滑るように立ち上がる。

「加えて言うなら、伎芸もさっぱり」
「じゃあ、一体何を」
案内役が、目の前の女性に引き合わせた理由は何だと。

「話相手とか連絡係とか、そんなところかしら」
案内役の女は、この建物の上層階に控えて巫女の世話係をしている。

「ラナウの放花も上の階なら捉えられるの」
日中は四方に大きく窓が開いた上層階で仕事をしているという。
ラナウが森に向いて射掛けた花の種子は弾けてさらに空を突く。
彼女は不揃いに並んだ森の頭から飛び出してきたラナウの種子を目で捉えて、ラナウの来訪を待つ。

「神に会えるって聞いたんだ」
「こちらが望み、あちらも気が向けばね」
「そんな簡単なものなのか」
ラナーンが少し呆れたように驚いた顔を見て、嫌味でなく新鮮さゆえに女性二人が微笑んだ。

「私はエフト。あなたは、誰?」
「ああ、ええと。ラナーン・グロスティア・ネルス・デュラーン」
「随分ご立派な名前ね。森の向こうでは結構な位じゃないの? となると他の二人は、従者かしら」
「そう見えるかな」
ラナーンはタリスとアレスを振り返る。

「タリスが僕だなんて、考えるだけで恐ろしい。おれたちは外でもここでもただの旅人だ」
「聞かせて貰いましょう。その上でご案内するか否か、私が判断します」


素性を離さずには抜けられない道だった。
また話したところで森で生まれ育ち、外界と物的交流のない彼女たちがデュラーンという小国の存在や、各国対デュラーンの物流関係を知ることもない。
どこまで事実を公開するのか慎重になり過ぎることもなく今までの経緯を、アレスが要点を押さえて話した。
判定は、まあ良しとしましょうということだった。
ラナウが連れてきた事実で、彼女の友人と目の前に巫女との信頼は得たも同然だった。

「拒絶しないのか? 街の中でも好奇の視線を感じることはあったが、排他的な冷たい視線を浴びたことはない」
街に来てからずっと不思議に思っていたことだ。

「不要なものは森が通さない。許されたからここにいる。森の中は絶対安全なのだという信仰なのよ」
フィルターを抜けられた者たちだけが街に踏み入れられる。
森か神かに許された者なのだから、街の人間が排除する必要はない。
その信仰が守られてきたのは、狼藉者が一切踏み入れなかったからだ。
事実が信仰を生んだのか、あるいは信仰は真実なのか。
許可を与えるのは、森に棲む神か。

「昼過ぎまで待ってくれる?」
「神の面会時間か」
アレスがそれぞれに勧められ腰を落ち着けた長椅子の上で無表情のままだ。
鉄面でも被ったかのような彼の頭の中では過去に起こったできごと、拾い集めてきた情報をパズルのように組み合わせ、起こり得ることに対して心構えを始めているはずだ。

「せっかくの手土産を後回しにするのなんてね」
世話係が手際よくグラスを人数分机に並べた。
それに巫女自ら酒を注いだ。
酒に先を越された神。
優先させた巫女。
それぞれの立ち位置が、その時その場ではまったく見えてはこなかった。












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