Silent History 111





ラナウ目覚めればラナウが昨夜解いたばかりの荷物を纏めていた。
ようやく鳥が目覚め始めるかといった早朝、タリスは欠伸をしながら隣の寝台の上で俯き加減の横顔に朝の挨拶を投げかけた。

アミト・ヘランで用事を済ませてくると言い立ち上がった。
呼び止めたタリスに、ここまで案内してくれた友人には言ってある、ラナーンとアレスにはタリスから伝えてほしいとだけ付け足して 部屋から消えた。

まさか置いて行かれたのではないか。
厄介払いか何かか。
少し騒ぎすぎたか。
そもそも偶然居合わせた余所者に親切過ぎる気がした。
思い当たることが多すぎて、寝転がったが二度寝ができずやがて隣室が動き始めた。
タリスとラナウの寝室の前を通る足音は予想通り一つ。
ラナーンは就寝中だ。
横転しうつ伏せの姿勢で頭上の窓まで体を引き上げた。
両腕を押し開けた窓の向こうに投げ出し、窓にぶら下がる体勢で斜め下の玄関を見下ろす。
朝靄が冷気となり部屋に流れ込む。
濁った視界の中、縦に長い影が玄関から数歩踏み出して立ち止った。
タリスの視線を感じ取ったのかとも思ったが、見つかったところで疾しいことをしているわけでもなし。
結局アレスは上を見上げることはせず、霞の向こうに続く細い道を消えた。

さてどうしよう。
部屋にたっぷり入り込んだ朝の空気に捲かれ、冷やされた頭は少しずつ回り始める。
隣に忍び入って眠りの深いラナーンに子供っぽい悪戯をしてもいい。
しばらく布団の上で転がって逡巡した後、体をバネのようにしならせ、跳ね起きた。




森に迷い込まないように、道を見失わないように朝靄を被った人気のない街中を歩いた。
外れにある宿とはいえ、細い道には点々と住居が並ぶ。
小川が道を遮り、木の橋が小さく掛かる。
家の壁には水車が張り付き、休むことなく回り続ける。

アレスにとっても初めての土地だ。
そう遠くには行っていないはずだが、時間差は思いのほか大きく影が見当たらない。

見つからないならそれでいい。
気分を切り替えて、見知らぬ街を探索することにした。

森を挟み、ヘランに属する外の街とは完全に隔絶された地域なので街というコミュニティやシステムは造られていないものだと思っていた。
それがエストナールで廻った街と同等の生活水準を保っている。
衣服はソルジスのものに似ていたが、形が若干異なるようだ。
ラナウと並んで分かる程度の違いだった。

行く宛てもないので、小川沿いに歩いて行った。
すぐに枯れてしまいそうな水量の少ない川を辿っていくと泉に出た。
目的地ではなかったが、アレスがいそうな気がして足を止めた。
アレスの匂いや気配を嗅ぎ分けられるほど敏感ではないが、草木生い茂る中、ひっそりと揺蕩う泉。
アレスが好みそうな場所だ。

縁に沿って歩いて行くと、案の定人影が腰を下ろし水面に目を落としていた。

「何してる?」
アレスの隣で立ったまま見下ろした。

「それはこっちの台詞だ。いきなり現れるのはお約束か」
「さして驚いてもないくせに」
「少し走っていただけだ。体が鈍るからな」
「ここは他のソルジスとは違うな」
「ああ。だがバシス・ヘランは豊かな場所だとラナウは言っていた」
同じように水を湛え、草花に充ち溢れ、食料は隅々まで行きわたる。

「アレス。カリムナの存在についてどう思う。遠慮する相手も今はいないだろう」
もうこそこそ考える必要もない。

「確信ではない。証拠もない。ただソルジスはそもそも豊かな土地だったのではないかと思う」
「砂漠化が進行している? もっと具体的に言え」
「カリムナが豊穣を与えるのではない。カリムナが豊穣を吸い出し、土地を枯渇させる」
「アミト・ヘランか」
かつてカリムナのバシス・ヘランだった場所だ。
それ周辺が無残に枯れ果てている。
カリムナがポンプのように大地の養分を吸い尽くしてしまう。

「だとしたら、カリムナが消えたから豊穣が途絶えたのではなく」
「養分が尽きたからカリムナが消えた。すべて逆だ」
タリスは立ったまま、アレスと同じ水面を眺めている。
顔を出した太陽が温めた水面から靄が立ち上っている。
仮面を付けたような不思議な感覚だった。

「アミト・ヘランの奥に神門(ゲート)がある。それが答えだった」
神門(ゲート)は森に沈む。
アミト・ヘランが森の代わりに置かれていたのも、元はそこに森があったからだ。

「今まで私たちは森の中に神門(ゲート)をがあることを前提としてきたが、これが例外だというのは」
「だから確定された事実ではないと言ってるんだ。俺の想像に過ぎない」


「だけど、その推測。あながち外れてはいないかもしれないわ」
他に誰かいる。
タリスが勢いよく振り返る。

「ごめんなさい。立ち聞きしちゃったわ」
昨日タリスらを森の中から街へ案内してくれた、ラナウの友人だ。
タリスが上から下まで眺めるものだから、友人は腕に提げていた蔓籠を持ち上げてタリスへ傾けた。

「朝露を含んだ新芽は傷によく効くの」
摘みに来ただけのようだ。
アレスが長い脚を地面に突き立て、立ち上がった。

「逢瀬を邪魔しちゃったかしら」
すまなそうに口にする彼女に、タリスが声を立てて笑った。

「こいつは私に女としての興味はないよ」
「兄妹なの?」
「私には国に決めた相手がいるし、こいつは小さい頃から主一筋だ」
「とはいえアレスの名誉を保つため添えておくが、主の目の届かないところでの情事はそれなりに」
「タリス」
「ああ、済まない」
「恥ずかしいから止めろ」
珍しく赤面しているアレスに、タリスもラナウの友人も目を細めて小さく笑った。

「そういえば、一人で森の中を歩いてきたんだよな。夜獣(ビースト)に襲われないのか」
「アミト・ヘランに潜んでいるものより大人しいわ。遭遇しても逃げればいいだけだもの」
場所によって随分と夜獣(ビースト)の性質も違うようだ。
ヘランの情報はラナウがもたらしてくれる。
街の空気を掻き乱すことなく、ひっそりと滞在し、去っていくラナウは、すぐに彼女と友人関係になった。

「森には神様がいるから」
またか。
ここは、エストナールの島に似ている。
あちらは森を遠巻きにして信仰していたが、こちらは森の中に身を置いている。
状況は違うが、根本は繋がっている気がした。

「私も宿に寄って行くわ。新芽を少し分けたいの」




言葉を擦り合わせて、彼女の話に耳を傾けた。

「神に、会えるのか」
「たぶん、会えるわよ」
親戚に顔合わせさせるような気軽さで帰ってきた言葉に、アレスとタリスは呆気にとられていた。

「どこに?」
「森の中。場所は、口で説明するのはとても難しいのよね」
鬱蒼と茂る濃い木々、目印や目標物さえ塗り潰されてしまう。

「そういえば、どうしてラナウが来るって分かったんだ?」
二人の間では、迎えが出ることは話がついていた。

「この森で採れる木の実を使った遊びがあるの」
宿までの道すがら、彼女は探し物をするように道の両側に目をやりながら歩いた。
探し物は見つかったようで、足早に樹に身を寄せると果実をもぎ取った。

「まだ少し時期が早いからうまくいくか分からないけど」
足もとに果実を置くと片足裏を器用に使って種を取り出した。

「使うのは種。よく見ててね」
握りしめた種を、しばらく胸のあたりに持っていくとそれを農
地の上に鋭く投げた。
種は斜めに宙を切り昇っていく。
農地の奥に広がる木々の高さを越したあたりで種が撃ち落とされたように弾けた。
飛散する種の中から更に何かが飛び出して斜め上へ上昇していく。

「何だ」
宇宙へ打ち出されるスペースシャトルが燃料を切り離すような光景だった。
それをアレスらが比較して説明できるはずもなく、ただ呆然と上向いているだけである。

「子供の遊び。あの種はね、力を加えると弾けるの」
「中から何か飛び出したぞ」
「あれは仁。弾け飛んだのは種皮よ」
より遠く仁を飛ばせる子供は周りの尊敬を集めた。

「ラナウはびっくりするぐらい遠くに飛ばせたの。しかも不思議、光るのよ。あれってカリムナの素質があるからかな」
それでね、と彼女は続けた。

ラナウが来る前日、森の近くの丘でラナウが種を飛ばすのだという。それが翌日現れる合図にいつしかなっていた。
慣れたとはいえ、ラナウ一人では到底森の奥に潜む街には辿りつけない。
それほど森は厚く、深くできていた。
この森にしか実らない果実とラナウの力が訪問の合図を送ったのだという。

「いつも街を出る時に持たせるの。私はラナウの投げた種を、部屋の中から見るだけ」
見晴らしのいい場所で、彼女は装飾品のアトリエを構えている。
そこからラナウの放った光が見えるという。












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