Silent History 106





誰の掛声が挙がったわけではなかったが、四人が一室に会した。
一人部屋として割り当てられた派遣員専用の部屋に、寝台を一つ入れ無理に二人部屋にしたのだ。
更にはそこに四人が集う。
立って歩けないほどではないが、十代とはいえそれなりに成長した男女が四名ともなると、なかなか息苦しい。
入口と対面して小さな窓が一つある。
その下に寝台、それと垂直に簡易寝台が一台横たわっている。
物を書ける机に椅子が一つあるだけで、他に腰を下ろせる場所は寝台しかない。
一台に二人で腰を下ろした。
全員が大人しく座って話す分には問題ない。
机に付属していた簡素な木製の椅子の上に、飲み物と軽食を置いて準備も整った。

小さな村に一軒ある飲み屋で夕食は済ませた。
狭い飲み屋では村の人間の目を引く。
聞かれて悪い話をするつもりはないが、浮いた空気の中四人にとって居心地いいとも言えない。

ラナウとラナーンら三人が出会って、行動をともにしてから数日が経過していた。
その間、改まって話をする機会を持たなかったのは移動で忙しかったせいもある。
初めて腰を下ろしてみた寝台は、シーツは荒く硬かった。
不潔では決してないが、装飾などは一切なく質素な部屋だった。
派遣員の部屋とは全部こんなものなのかと、思わずタリスが訊いてしまったほどだ。
命を張って仕事をするには待遇が悪い気がする。
タリスが眉を寄せるのを見てラナウは、報酬はそれなりに出るから生活には困らないのだと微笑んだ。


「何より好きでこの仕事を選んだから」
任務外の行動は観察の対象には入らない。
一定の節度を守りさえすればいい。
素行がいいとは言えない人間も中にはいた。

「私の属するバシス・ヘランのカリムナはね、私の姉妹なのよ」
双子のね。
彼女が口にしているこの街の地酒で、軽くなった口の滑らかさで話を進めた。
彼女の話から、カリムナの立場は見えてきた。

ラナーンらとともに夜を明かした、嵐のアミト・ヘランを後、彼らは町を渡った。
次のアミト・ヘランは見えない。
寄りたいところがあるのだとラナウが言い、目的地の近くに取った宿がこの村だった。
周囲の乾燥した風景は、変わりなく砂と岩が続き面白みに欠く。
岩の形、空の動きを見失えば、たちまち迷ってしまう。
カリムナはこの乾ききった大地に豊穣をもたらすという。
信仰されるカリムナに政を司る力は与えられない。
ただヘランに留まり、民の幸を祈り続けるという。
従って公になることはない。
人民に言葉を与えることもない。

「寂しいんだな、カリムナって」
「三十七のカリムナはいるけれど、ヘランの中でカリムナは一人きり」
一つのヘランに一人のカリムナ。
誰もカリムナにはなれないから、カリムナの気持ちは理解してやれない。

「私のバシス・ヘランにいるカリムナの名は、ラナエ」
「その、カリムナの側にいなくていいのか」
「アミト・ヘランはカリムナとと繋がっている。だから私はそこにいたいの」
それ以上は語らず、ラナウは痛みを堪えるように目を伏せた。
しばらくしてから視線を上げて、ラナーンを見つめた。

「あなたの髪も目も不思議な色をしているわ。暗い、深い夜の色」
「気味悪がる人もいる」
「確かに、この国では珍しいわ。皆、この国の土と砂で染めたような髪をしているから」
穏やかな空気だが、目は人の本質を隠せない。
観察するような鋭い目は、ラナーンから離れない。

「違う色をしたあなたたちの目に、この国はどう映るのかしら」
アミト・ヘランはカリムナが消えて土ばかりの土地になった。
一方で、カリムナが治めるバシス・ヘランは驚くほど栄えているという。
繁栄の源は豊かな土地と生み出される魔力を秘めた石。

「すべての中心にカリムナがいる。私たちにとってはなくてはならない存在なの」
明日、とラナウが話を続けた。
アミト・ヘランとは別の場所に連れて行ってあげる。
親指と中指の間から提がるグラスを振って、ラナウがアレスを指さした。

「カリムナのこと、知りたいのでしょう?」
話をするより、実際に見た方が早いといいながら、小さく欠伸をした。

「カリムナに会えるのか?」
「会えないわよ。ただ、カリムナの卵たちには会えるかもしれないわ」
「カリムナの卵?」
ラナーンの頭の中は散らかっている。
そもそもどうしたらカリムナになれるのか。

「カリムナの養成学校でもあるのか」
カリムナとは地域を治めるだけの力を有する者。
カリムナとしての力を養い、選ばれた者だけがカリムナとなる。
そんな感じなのだろうと想像していた。

ラナーンの推測に、肯定も否定もせず行ってみれば分かるからと返した。

もう一つ聞きたいことがある、とタリスが酒に映っていた顔を上げた。

「エストナールで森と神を信仰する島があったんだ」
「森に籠って生活している連中ならここにもいる」
話が繋がるかもしれない。
タリスは静観しているアレスへと視線を送り、再びラナウへと話と目を引き戻した。

「夜獣(ビースト)は森からやって来た。島で知ったことだが、森には神門(ゲート)と呼ばれる崩壊した門と空間の亀裂が見つかった」
裂け目から漏れ出る夜獣(ビースト)は、森を抜け人と接触する。

「神の棲む島と呼ばれていたその島の人間は、決して森に手を付けなかった。神が森にいて、森を守る。森は夜獣(ビースト)を押し留める」
ラナウはタリスの話を口を挟むことも疑う素振りも、食い入って聞く様子もなくただ静かに聞いていた。

「神と森が人と夜獣(ビースト)を調停する。そのように私は見えた。実際、島の夜獣(ビースト)は違ったという」
直接接触したラナーンへと視線が投げられ、全員の顔がそちらへ移った。

「お互いが突然目の前に現れて、驚いて振り上げた爪が掠った程度の怪我で済んだんだ。夜獣(ビースト)はそのまま逃げたし、あんな巨体に襲われたら、丸腰のこっちは一瞬で無残なことになっていたはず」
「つまり、だ。そんな森を信仰する人間がいたんだ。島だけでなく、エストナールにも昔は残っていた」
エストナールで居場所を失った信者たちが、安住を求めて各国に散り、島にも流れ込んだという道筋を、タリスらは逆に辿ったことになる。

島でその存在を知り、興味を抱いた彼らはエストナール本土にその痕跡を求め、やがて細い糸はソルジスへと繋がっていることが分かった。

「信者の痕跡は国境まで刻まれていた。私たちが知ることを欲しているのは夜獣(ビースト)。それに関する森や神のことだ」
「ここには大きな森はないわ」
「カリムナのいる豊穣のバシス・ヘランは?」
横から質問を投げ入れたのは黙っていたアレスだ。

「大森林と呼べるほどには。バシス・ヘランに夜獣(ビースト)が出たという話は聞かないし、やはりカリムナのいないアミト・ヘランばかりで」
「思うんだが」
それまで溜め込んでいた違和感をアレスが口にした。

「カリムナは生きた森のような役目じゃないか。あるいはカリムナの代わりにアミト・ヘラン埋め込まれた魔石は」
「森はある種の緩衝域を生み出していた。この国におけるヘランは、森と同じというわけか」
タリスがアレスと同じように顎に手を当てながら、考えこんだ。
動かない空気はラナーンの一言で再び流れ出した。

「ソルジスにいる森にいる人っていうのは?」
「ああ、ヘランに属さない人間のことだ。彼らはカリムナの恩恵を享受せず森に生きる」
「それって神王派の流れかな」
ラナーンがアレスに問うが、即答は出ない。
今の段階では誰も何も答えられない。

「明日、カリムナの卵たちのところへ連れて行ってあげる。これは、仕事でも何でもなくて、趣味みたいなものだから。夜獣(ビースト)も出ない。安心していいわ」
「眠くなってきた」
タリスが考え込んだ姿勢を崩し、背中から寝台に倒れた。
目を瞑っているのでそのまま眠るらしい。

片手だけを真上に上げて、ラナーンらに手を振っている。

「また明日な」
言葉の最後は寝息に溶けていった。











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