Silent History 101





乾いた大地に煙立つ。
高台と同じ高さにある地平線の向こうが、雲がかったように霞んでいる。

風の匂いが変わった。


「来るか」
顎を上向け、空を仰いだ。
風は耳元を抜けるが、不動の晴天というべきか。
静かだった。

頭から被った布を顔に巻き付けた。
細めた鋭い目が一点を見据える。
茶色く靄の掛かった眼下の平地に、動く異物に目を細めた。

白い布を頭から足まで被ったまま、崖の先へと飛びあがった。
腰を落とし両手を広げ、絶妙なバランスで急斜面の崩れかけた崖を滑降する。
徐々に速度を上げ、左右の似通った風景が後ろへ飛んでいく。
舞い上がる砂埃を気にもせず、砂に突き刺さるような岩を脚を胸までひきつけ軽快に跳躍して回避する。
目の前に流れてくる障害物を、鋭い反射神経で右へ左へと難なくやり過ごし、崖下へ着地した。
立ち止まることなくそのままの勢いで、一直線に目標へ接近する。
いち早くこちらに気付いたのは、意外にも一番愚鈍そうに見えた縦に長い男だった。
身構えると同時に剣を抜いた。
こちらへ重い威嚇のような鋭い目を向け、背に二人を回す。
動きからして要人警護の経験積みとも見える。
そんな人間がなぜこの場所をうろついているのか、今は詰問する時間はない。
口元を覆った布を指で引き下げ、大きく息を吸い込んだ。

「剣を納めて崖沿いに北へ!」
腹から声を叩き出して、立ち塞がった男の腕を乱暴に掴んで走りだす。
叩きつけるような張りのある声に先手を打たれ、切り返す間もなく引き摺られていく。
大人しく腕を掴まれたまま無抵抗に並走しているのは、振り払おうにも振り払えない迫力があったからだ。

「何で攫われた!」
「私が知るわけないだろう!」
追走する二人は叫びながらも、先を駆けていく二人から離されないように必死だ。

埃で霞むばかりだった砂の大地に異変を感じたのはその直後だった。
砂粒が地面の上を走り始めている。
手に触れられない川の中にいるようだった。

「拙い」
低く呟いて、すぐさま指示を出す。
外套に顔を埋めろと言う。

風に流れてできた砂の川は収まらない。
砂に追い立てられるように全力で走り続けた。

間もなく四人の前には崖の曲面の端から小山が見えた。
目を凝らすと、岩山に埋まった遺跡のようだ。

砂粒が霞みを作り出す。

状況を素直に飲み込めず、追走する一人が首を微かに左向けて背後を確かめた。
壁ができている。
巨大な霞みの壁が迫っていた。
いつの間に、なぜ。
驚きで叫ぼうにも声が出ない。
ただ目を見開いて全力で逃げるのみだ。

「振り向くな!」
先陣を切る突然湧いて出た人間が、距離を開け始めた追随者を叱咤した。
正体不明の人間に先導されている事実よりも、身の危機が優先される。
何より、走って逃げる以外に今は考えが回らなかった。
砂の壁は徐々に迫り来る。
砂の粒に捲かれながら、必死に足を動かす。
遺跡への階段を飛び上がり、速度を緩めることなく奥へと進んだ。
平行に並ぶ柱群を抜けると扉がある。
およそ動きそうにない、重く巨大な石の扉だ。
しかし立ち止まらない。
頭から突っ込むつもりか。
目の前は閉ざされた扉、背後は砂の壁。
他に逃げ込む場所といったら柱の陰しかない。
しかし陰に身を沈めたとして、砂塵の壁の強襲をかわすことが容易でないのは一目瞭然だ。

先を行く乱入者はここでようやく長身の男の腕を解放した。
それでも四人は背中に迫る砂の壁から少しでも逃れようと、本能的に走り続けた。
砂の色に染まった白い外套から両腕を抜き出し、石扉に到達と同時に押し付ける。
手のひらを擦りつけるように、扉の表面を押さえるとゆっくりと扉が動き始めた。
これにはここまで付いてきた三人が驚いた。
決して大男とは言えない人間が、いとも簡単に重い扉を押し開けた。
想像を絶する腕力の持ち主か、扉に絡繰りがあるのかのどちらかだ。
だが、扉を調べる時間も腕力を問いただす時間も与えられなかった。
扉の内側に体を滑り込ませ、再び扉を固く封じた。
直後、風の唸りと砂粒が建物に喰いかかる音がする。
窓が一切なく、暗闇の中不気味に外の音だけが響いてくる。


塗り込められた黒の空間の中、一点に火が灯る。
顔までは拝めなかったが、白い衣服の一部が火に照らし出される。

付いて来いとも、そこに留まれとも口にしないまま火は扉とは反対の、奥へと遠のいていく。
背にしている扉は外が恐ろしくて開けられない。
暗闇の中、立ち止っているのも不安だ。
そうなれば残る選択肢は一つだけだった。

黙ったまま三人は光を追って、端も広さも見えない広間と思しき場所を歩いて行く。
離れた光を頼りに、互いがはぐれないよう身の触れ合う距離を保ちながら追いかけた。

明かりが止まる。
数歩進んで、追随者も隣に並んで足を止めた。
また、重い扉が砂を潰す摩擦音を立てながらゆっくりと隙間を広げていった。

踏み入れれば再び、暗闇だ。
手探りでしか位置が掴みとれない、五感の一部を奪われた慣れない状態で不安から来る苛立ちに襲われる。
目の高さにあった明かりが、足もとに流れた。
次の瞬間火が二本で列を成し、目の前から奥へ走って急激に明るさを取り戻す。
全貌が一瞬にして明らかになる。
厳しい環境で風化し、朽ち果てた遺跡だと思い込んでいた考えが覆される。
背にしている扉には細やかな彫刻、滑らかに削られた石の支柱と内壁。
今立っている場所は通路だと気付いた。
両脇に灯ったばかりの新しい火の道が揺らめき、室内を照らす。

先導者は手にしていた松明を扉の左手に差して預けた。
松明からどこかに火を移し、その火が流れて全体に行きわたる仕組みが室内に組み込まれているのだろう。
火の道をよく見れば、溝があった。
通路と平行に走る細い溝に、着火剤でも埋め込まれているのだろうが、今は調べられる雰囲気ではない。
追随する三人には他に考えるべきものが多過ぎる。


「礼を言う。ここに逃げ込まなければ砂嵐に巻き込まれていた」
「どうしてあのルートを取った」
「次の村まで最短だったからだ。途中までは車も用意していたが、故障した」
代表して口を開いたのは長身の男だ。
彼がこの三人のリーダーなのだろう。

「お前たち、エストナール人ではないな」
どこの人間かまでは特定できないが、所々に違和感を感じた。
何とかエストナール語を操ろうとしているが、所詮その場しのぎで身に着けた言葉。
気づく人間は語調に異物を噛んだような違いを見抜ける。

「だからいい加減な整備の車を押し付けられる」
ソルジスでも隣国エストナール人でもない、稀に訪れる異邦人は目も肥えておらず知識もない。
よくある話だ。

「でも中には信頼に足る人もいる。本当に、助かった」
警戒していた三人のうち、後ろに控えていた一人がフードを取り去った。
前に立ち塞がっていた長身の男が振り向き慌てて止めに入ろうとしたが、すでに遅く濡れたような黒髪が露わになった。

「確かにおれたちは異邦人で、だからこそもっと気をつけるべきだった。車のこともそう、天候についても」
独特の音調を持つエストナール語だ。
首都から離れた地方のものかは判別できないが、意思疎通はできそうだった。
それにしても目の前の黒髪はまだ年若い。
研究者という風貌でもない、顔の整った目元の穏やかな少年だった。
彼が何者であれ、微かにはにかんだ表情で互いの警戒心を多少なりとも解きほぐされたのは事実だ。

「この地域は嵐が起こりやすい。風と空気を読み回避する。もちろん退避場所も確保しながらルート選択をしなければならない」
嵐に巻き込まれれば厄介だ。
見つけられて幸運だった。
耳元のフードに手を持って行き、後ろへ引き下ろした。
いつまでもこのままではやりにくい。


「アレス」
促されて黒髪の斜め前にいた男もフードを脱ぎ去った。
護衛という立場から、それなりの年嵩を想像していた。
予想外に若齢で少し驚いた。

同じく視線を振られて、少年の隣もまたフードに手をかけた。
顔を見て、思わず息が止まった。

無造作にまとめ上げた金の髪、化粧などしていない旅人のはずだが、大きな宝石のように透き通った瞳と滑らかな肌は、彫像を目の前にしているようだった。

体格の優れた護衛は彼ら姉弟の旅路を守るためのものであったか。
言語の差異を感じる遠い異国の三人。
いずれも並んで遜色ない見目麗しい者たちだが、何を目的に過酷なこの地に踏み入れたのか、謎は深まる。

「どこに行くつもりだった」
「夜獣(ビースト)を追っているんだ」
「かつて魔と呼ばれたものだ」
女が言い添えて、ようやく納得した。
異形どもは馴染みが深い。
決していい意味ではなく、善からぬ因縁が深いという意味だ。
その共通点が、相手への興味をそそった。

「話を聞こう。ここで立っていても仕方がない」
踵を返して、先に伸びる二列の火の溝に挟まれた通路を奥へと進んでいった。
嵐が止むにはしばらく時間がかかる。
三人を放置して、ソルジスのこの場所を踏み荒らされるのも御免だ。
しばらく付き合ってもらうことにしよう。











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