Silent History 95





話がある。
場所まで指定してきてのことだ。

改まって何なんだ。
今ここで言えばいいだろうが。
当然のこと言い返した。
素直に頷くタリスではない。
だが、長い付き合いの友人のことだ。
無下にはできない。

部屋に買い込んだ本がまだ五冊、無造作に寝台の上へ積んでいるのを横目に見ながら手の中の本を畳んだ。
そういえば今日は朝から一度も日の光に当たっていない。
寝台の上で胡坐を掻いた膝の中に読みかけの本が落ち込んだ。

あえて呼び出すとはどういう要件なのだろう。
小さく伸びをしたついでに首を回した。
同室のシーマは外に出かけている。
言いたいことだけ告げてさっさと部屋を出て行った友人、アレスはどこに行ったのだろう。
呼び出されたのは二時間後。
片膝を持ち上げる。
脚の上に肘を乗せ、右手で顔を撫でた。

「幼馴染だから、あいつの気持ちは手に取るように分かる、なんて」
所在無い右手の上に顎を乗せた。

「言ってみたいものだ、まったく。何年一緒にいようとも、あいつだけは理解できない」
最初から、そうだったかな。
いつの間にか、距離を感じるようになったのではないか。
それは、三人が三人とも抱えている距離で。



三角形のようなものだ。
年を経て行くうちに、辺は広がり三つの角はどんどん離れていく。
昔は、もっとシンプルだった。


「見ているものが、目線が、楽しみも一緒だった」
思い出を掘り返して、タリスは目を閉じた。
目蓋の裏には広がるただひたすら緑の草原と、青く爽やかな匂いに包まれた木々と太陽を一杯含んだ土の匂い。
泥や砂まみれになって転げまわった。
転んで半泣きになったラナーンに駆け寄るアレスの肩口から見下ろした。
擦りむいた膝は痛そうだったが唇を噛みしめて見下ろした。
何だちょっと皮が捲れただけじゃないかと強がったタリス。


「いつの間にか複雑になっていく。お互いの姿が、気持ちが見えなくなる。なぜ?」
アレスも、変わった。
昔から一番気にかけていたものはラナーンだった。
だが、今に近づくにつれ過敏になってきている気がする。
執着の度合、独占欲。

「私も、同じだな」
胡坐を解いて木の床に足先を下ろした。
指先広げたり握ったりしてみる。

レンを思い出した。


美しい。
この脚も。
この腰も、腕も、手先までもすべてが。

彼は言った。
恥ずかしげもなく、まるで芸術品を品評するかの真摯な言葉で。
タリスの腕をとり、顔を寄せる。

誰に言われようとも寸分も心に響かなかった言葉に、驚くほど胸が揺さぶられた。
羞恥と高揚とで頭が霞んでいく。
闇の中に忍び入る淡い月明かりに意識が溶けていく。

レンが指で梳いたタリスの長い髪を、光に透かす。
細い金糸が二人の肌に絡みつく。
一つになっていく熱が、愛おしいと思った。
このままずっと、同じ時間が流れればいい。
いつか終わるこの瞬間、消えるなと願った。

レンの声が耳で繰り返される。
何度も染みついた声が、タリスの名を呼ぶその声が繰り返される。

寝台の上に背中を落とした。
重ねた本が跳ねて床に何冊か崩れ落ちた。

重ね合った手が、レンの温かさを求めている。
寝台に顔を埋め、深くゆっくり息を吐いた。

「レンに会いたい」
燻ぶる気持ちを振り切り、顔を振り上げたのは半時間ほど経ってからだ。
約束の時間には早すぎるが、部屋で鬱々とするのは止めにしたい。
レンを思っても、ここにレンはいない。


服だけ着替えると部屋を出た。
所要時間は三分。
五分後には、玄関の気配に顔を出した宿屋の主人に挨拶して表に出ていた。
ラナーンの姿は宿にはなかった。




時間より早めに待ち合わせ場所に辿り着いたタリスの視界に、すぐアレスの姿が目に付いた。
服はエストナールのものを違和感なく着こなしている。
丸テーブルの下で持て余す脚が嫌味にすら映る。
手にした雑誌は、寄るな声を掛けるなの看板替わりだろう。
オープンテラスの真ん中の席を陣取っていた。

「話を聞こうか」
憮然とした声を落としたのも、アレスの落ち着いた姿に微かな苛立ちを感じるのも、待ち合わせ場所である喫茶店に来るまでに道のりでトラブルがあったからではない。
通ったことのある道だったので、それほど迷わずに来られた。
鍋の中に目を瞑ったまま適当に肉野菜を放り込んで作ったような、首都中心部に近い割には、川沿いの景観は穏やかで悪くない。
過剰装飾を嫌った飲食店が並ぶそれぞれ店の売りは、川が望めること。
それだけに水質はいい方だ。

アレスに勧められたり、店員が近づく前に椅子を引いて向かい合って座った。
目の端で誰もこちらを気にしていないのを確かめると、アレスに顔を寄せる。

「嫌がらせでもしたいのか。私は前にこの店の飲み物は口に合わないと言っただろう」
それなりに気を使い、声を絞った。
エストナールで一般的に飲まれている、茶葉に湯を注ぐのではなく煮出す飲み物を、いつものように注文した。
離島でも好んで飲んでいたものだ。
多少のうまいまずいはあろうが、大幅に期待を裏切るものでもない。
だが出されたものは、驚くほど渋みがあり不快な苦みが残った。
茶葉が広がるを通り越して破れるか、水が無くなるほどにまで放置されたか、とにかく風味も何もなかった。
隣に座るラナーンの分を一口もらったが、ひどいものに変わりはない。

「全員が不味いと思ったんだ。後の二人は絶対踏み入れない。席を変えよう」
店員を呼びつけ、タリスの注文と屋内へ移動を申し出た。

「こそこそと何を話したいんだ」
お前らしくもない。
二人を避けて話したいならいくらでも方法があるだろうに。
言ってやりたいことは多々あるが、先手を打たれた。

「悪かったと思ってる。ちょっと調べたいことがあってな。タリスの力が必要になった」
「あの二人には知られたくない程の要件は」
「金が必要になった」
力とは財力か。
だが金とは何だ。
旅の資金はファラトネスから定期送金、請えば必要分だけ追加送金してくれる。
タリスらの一団を取りまとめるアレスには十分手渡しているはずだ。

「それで。どれほどだ」
アレスはタリスの目を見据えながら机の上に指を三本伸ばした。

「三千リフスか」
「いや。丸が一つ多いな」
「三万?」
タリスは頭の中で手持ちの札を数えた。

「だが単位はルーン」
エストナール・リフスではなく、デュラーン通貨換算でだ。

「それは、ちょっとしたものだな。持ち逃げか」
「お前に話してか?」
「私を攫っていくつもりか。レンが怒り狂うな」
「冗談にもならないな。俺だって命は惜しい。それなりにな」
「理由を聞こう」




タリスから預かったマネーカードを胸のポケットに押し込むと、二人は散歩を楽しむこともなくあっさり別れた。
半日待てるかと聞かれ、迷うことなく頷いた。
半日でファラトネスから薄いマネーカードに金が届くのに驚いた。
送金時間が早ければ今日中に事は始められそうだ。

シーマはラナーンに張り付かせてある。
頭の回転は速く、口も一人前のシーマだが体だけはどうしようもない。
まだ小さいシーマと彼女よりよほど世間知らずなラナーン。
どちらが保護者か分からないが、一人で行動させるよりよほどいい。

シーマは街を見て回りたいと言い、ラナーンも興味を示した。
商業地区、居住地区、工業地区、回り始めればきりがない。
ファラトネスやデュラーン王都もそれなりの規模があるが、建築物の複雑さはこの首都に遠く及ばない。
道に迷うこと必至だ。

アレスも一人をいいことに気ままに歩き回った。
シーマとラナーンの二人が終始気にかかったがそれなりに有意義な時間を過ごせた。
日が傾き始める少し前、商業施設内の端末にマネーカードを差し込んだ。
アレスが頼んだ額より僅かに多い。
期待されての捜査資金というわけか。
これはいよいよ本気で掛からなければならない。

夕食後、アレスは合流した三人と再び別れた。
事前に調べていた場所へ、足早に向う。
歓楽街に入り、三本目の横道を右に折れる。
鮮やかな暖色系の明かりがメインストリートから漏れ入る細道は、対して薄暗くコアな客のみが通る。
影がより濃く感じる。
通りに面していた派手な化粧をされた店の、裏側の間を抜ける。
空気も淀んでいる。
腐った水が逃げ道のないまま乾いては、雨でまた水かさを増す。
肩が壁に触れないように奥へと急いだ。

服の中から紙片を取り出した。
乱暴に書き殴られた地図だが、これがなければこんな場所にアレスが来るはずがなかった。
場所を確認してまた服の中に押し込む。
細道を抜ければ少し開けた道に出られる。
崩れかかって、鉄筋がむき出しになったビルの中にあるらしい。
迷うことを覚悟していたが場所はすぐにわかった。
錆びついた鉄筋は、肉から突き出した骨のように痛々しく崩壊の時を待っていた。

看板などない。
歪んだ扉のテナントの一室だ。
ビルの倒壊を恐れた店舗に入れ替わるように、得体の知れない店が棲みつくようになった。
劣化したネジでぶら下がる看板はすべて以前のまま。
ご丁寧に店の名前や内容を掲示しているような店は、ここには寄り付かない。
その一室にアレスは踏み込んだ。
球を置けばどこまでも転がっていくような傾きかけたカウンターに、石を乗せた。

「買いにきた」
告げれば話は通るはずだ。
一分ほどその場で待ち構えていたら、ようやく奥で蠢く物音がした。











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