Silent History 68





シーマは別室に消え、すぐにまたラナーンたちの前に現れた。
ラナーンの前に突き出された手には、話に出た通りの石が握られている。
それを横からアレスが手を伸ばし、灯りに透かせたり、指で弾いた音を確かめたりしていた。
念入りに点検してから、後ろに下がっていたタリスに手渡した。

「どうだ?」
タリスが検分の感想を求めるが、アレスは首を横に振った。
タリスも石を観察したが、答えは同じ。
ラナーンに手渡した。
ラナーンも同様の反応だった。

「ただの石みたいだ。自然にできた形じゃなくて、人の手で粗雑に削られた」
ラナーンは手の上に乗せていた硬い石をシーマに返した。

「私が洞窟にいたとき、外で何が起こったのか知りたかった。それが最後の手がかりだから」
草の中に落ちていた異質な石を懐に、シーマは村を出た。
自分の知識のなさ、絶望の底で無為に時間を潰している余裕はない。
ゼランが手にしていたであろう石、それの出所を探らねばならない。

「半年だ。半年かけて首都を目指した」
文献を読み漁り、古書を扱う店、石を扱う店を歩き回った。

シーマが握りつぶす力強さで、手の中の石を目の前に持ち上げた。
イリアを魂が抜けたようにした原因、それがこの石だ。
石の正体に辿り着いたのは、首都に踏み入れたときだった。

「どこのものだと思う? 何でこんなものが。恐ろしいものが」
シーマの手の中で振動している。
シーマの腕が揺れている。
伏せた顔が怒りで震えている。

「ディグダだよ。帝国だ」
吐き捨てられた言葉には憎しみが満ちる。

灰色の変哲もなさそうな石に人一人をどうかできる力があると。
しかも出所はディグダだ。
遠く、強大な国だ。
遥かな大陸から流れてきた石が、こんな山奥で寂れた村にあることも驚異。
何より、不思議なのがシーマの話を聞く限り、何かの魔石のようだ。


ディグダは底知れない軍事力と技術力、諸国を飲み込んで得た豊富な知識量を抱えている。
大陸を脅かす圧倒的な力、支配力。
だが世界は帝国ディグダのものではない。

対する勢力は、ルクシェリース。
それは、ディグダにないものを持っている。

神の国だ。
神話になった遥か昔、封魔の時代。
世界を救った少女サロアは、時代の終わりに神と上りつめた。
眠れるサロア神を抱えているのがルクシェリースの神都シエラ・マ・ドレスタだ。
帝国ディグダの首都、ディグダクトルに並ぶ強大で世界に影響力を持った都市だ。


「ディグダに魔術はない。石に何かしらの術を施すこともできない」
治癒術を始めとした術は、子どもの頃から教わってきた。
剣術と同じように。
アレスは炎を自在に操ることはできないが、水で剣の刃を生み出す。

「結論から聞こう。その石は一体なんだ」
痺れを切らし、タリスが鋭い視線で会話を斬った。

「魔を封じたんだ。術そのものなんかじゃない、呪われた魂を」
「子どもの童話でも聞いているかのようだ。それが真実だと?」
「残念ながら、本当の話だ」
呪われた魂が憑いた石がゼランに渡り、イリアに憑依させたのだと。

「頭が痛くなってきた」
「分かったのはそれだけなのか? 石のこと」
「おい、ラナーン。信じるのか」
アレスはひとまずシーマの話を引き出し、判断の材料を集めている。
タリスはおよそ現実離れした話に飽きてきていた。
ラナーンだけが話に聞き入っている。

「私が旅の間持っていた石」
ゼランの側で拾った石だ。

「それは空っぽだと言われた。もう、魔は抜け切っているって」
「中身はこの子に移したんだろう」
シーマは頷いた。
石は器に過ぎない。
それを知ったのは、手にした石がゼランの手に渡る瞬間まで遡ったときだ。

ゼランといえど、正面から公的機関に踏み込めはしない。
彼は村では絶大な権力を有しているが、村から出ればただの一般国民に過ぎない。
中央政府の人間からすれば、密輸のルートに邪魔な石程度の存在だ。
適当に餌をやっていれば大人しくしている。
そうして木っ端役人がゼランに手渡した石は、シーマの手に行き着いた。

場末の酒場でのやり取りを見た偶然見た男に会えたのは偶然。
ゼランを見かけた男がいる情報に辿り着いたのも幸運だった。

「石は魔が入り込むと黒く輝くという。けどその役人からゼランが受け取った石は、灰色だった」
「つまり、空っぽ?」
「どこでお前のいう魔という呪いだか魂だかを詰め込んだのかって話なんだな」
アレスがようやく話に入ってきた。

「無からは何も生まれない。術を操るにしても、封じた石なり種となる何かが必要なように」
魔は勝手に湧いたりはしない。
ゼランが生み出すこともできない。

「無いことは、ない」
この部屋に来て初めてディールが口を開いた。

「ディールが入ったんだ。あの洞窟に」
「だって他に考えられなかったんだ。オレ、何もできなかったから」
「何もできないのは私だって同じだ。どうすればいいなんて」
誰も教えてはくれない。

「洞窟。中で何か見つけたのか」
「見つける前に逃げ出した」
「何かいたのか」
それまで真剣に耳を傾けなかったタリスが食いついた。
直感が彼女の求めるものに反応したからだった。

「いた。確かに。でも正体は分からない。松明は取り落としてしまったし、体中切り刻まれて」
誰も恐れて近寄らなかった洞窟に向うゼランを見かけたのは、ディールだけではない。
だがゼランが何をしようと、村の人間は目を瞑る。
ゼランだからだ。


踏み入れることのなかった洞窟に松明を手に挑んだのは、イリアの一件があったからだ。
洞窟で地面の割れ目に突き落とされたシーマを、再び洞窟に向わせるわけにはいかない。
傍観するだけだったディールの始めての行動だった。

入り口の光はどんどん小さくなっていった。
曲がりくねった洞窟の壁面に明かりが消えると、途端に心細くて堪らなくなった。
小さな松明だけが頼りだ。
ほんの少し、探るだけだ。
分かれ道になったら引き返そう。
奥が細くなってきたら元の道を辿ろう。
そう考えていた。

深入りするのは危険だと、本能が言っている。

思ったより空気は湿って冷えている。
シーマならばわき目も振らず奥へと進んでいくのだろうか。
背筋が堅くなっている。
手にした灯りで壁面を照らしながら前へ歩いていった。

視線の端で陰が動く。
立ち止まって松明をかざし、注意深く周囲を確かめた。
虫か。
炎の揺らいだ陰かもしれない。

まだ洞窟の先は広い。
気にかけつつも先を行った。

今度は右耳の方から、石を引っ掻くような音がした。
気のせいではない。
ディールの足音でもない。

振り返ったら、目の前が真っ暗だった。
目が見えなくなったのかと思ったが、体を引くと視界一杯に輪郭が見える。
人の形ではない。
人の匂いでもない。
肩に激痛が走った。
衝撃で松明が地面に落ちる。
地面で跳ねた灯は、弱々しく火を吐いて転がった。
消してはいけない。
方向を見失えば終わりだ。
駆けながら投げ出した松明を拾い上げ、入り口へと戻る。
幸い一本道だ。
洞窟の奥へと誤って走らなければ、入り口が見えるはずだ。

肩が熱い。
壁を頼りに駆け出した。
数歩目を踏み出した次の瞬間、背中に息が詰まるほど、何かが圧し掛かった。
顔の横に生臭い風が当たる。

生き物か。
腰には小剣が差してある。
手さえ届けば、柄に指さえ掛かれば引き抜けた。
背中に爪を立てる何者かが腕を腰に回すのを邪魔する。
残るは、手にしている唯一の灯りだけだった。
火花に目を閉じて、松明を背中の上へ押し付けた。
焼け焦げる音と臭いを感じながら、這い上がると壁伝いに走った。

光は近い。

「仲間が村の外れで拾ったディールを、私の元に連れてきた。酷い傷だった」
シーマの薬草と的確な手当てで膿むこともなく、傷は塞がった。

「傷は? もう消えたのか」
ラナーンの言葉に、ディールは頷いた。

「痛みはないし、後遺症も無い」
腕を回してみせた。
酷い傷だったのに、背中が引き攣る感覚も無くなった。

「けど消えない傷跡は残った」
「何だと」
アレスが切れ長の目を見開いた。

「傷跡。なるほどな、おいお前」
タリスが細い顎を上げてディールを見据えた。

「脱げ」


「今?」
「そうここで」
二度は言わないという無言の迫力がタリスに滲み出ていた。
渋っていたら剣を突きつけられそうだ。
ディールは観念して、胸紐を解いて右肩から服をずらした。

丸みを帯びた肩が露出する。
シーマと年齢は変わらない。
ラナーンより幼い。

肩には薄い線が肩甲骨に向って伸びている。
最初に引っかかれた傷だ。

タリスに向けた背中には、爪の食い込んだ後があった。
穴は四つ。

「よく肺に達しなかったな」
「獣の傷かな」
ラナーンが傷に顔を寄せた。
「獣(ビースト)、かもな」
「獣(ビースト)?」
「石と絡むかは分からないが、そいつを襲ったのが獣(ビースト)ってのは十分あり得るだろう」
「アレスはどう思う?」

「場所はどこだ。俺が中を探る」
「話が早いな。私も行く。ラナーンは」
「言うまでも無く」
剣に手を添えた。

「そういうことだ。案内してもらおう」











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