Silent History 64





抵抗すれば自分の命だけでなく、仲間の命もあっけなく散る。
忍び寄る殺気に当てられて、身動きが取れない。
容赦ない血の気が引いていくが、下手に動けば確実に殺される。

最善の道を選択する余地はない。
答えは始めから一つだ。
短剣を投げ捨て、手を開いて素手であることを示した。




派手な音を立てて床を滑った短剣を、タリスが男に目を合わせたまま足裏で受け止める。
騒ぎが起こっても、大きな声が上がってもラナーンは目を覚まさない。
アレスはラナーンに徐々に接近し、ラナーンから少しずつ誘拐犯を遠ざけた。
威圧と脅しといった方が早い。
剣先は少し動かせばいつでも犯人の喉を掻ききることができる
脱力したラナーンを激しく揺さぶってでも目を覚まさせ、無事を確認したかったが、状況が許さない。
一見、アレスとタリス側が有利に思えるが、ここは彼ら誘拐犯の集落だ。
仲間をこれ以上呼ばれては確実に死に近づく。
周りを取り囲まれれば終わりだ。
出入り口は狭く、しかも一つだけ。
逃げ道はない。

「布を取ってもらおうか」
覆面のままでは性別すら怪しい。
背中で判別する限り小柄で華奢だった。
まるで子どものようだ。
だが、実際子どもの悪戯でラナーンを容易に拉致できるとも思えない。

片手を体の横で広げたまま、もう片方の手で布を外した。
女だ。
しかも、少女だった。

「この山で起こっている一連の事件、お前たちか」
答えはない。

「なぜ人を攫う」
麓の町の噂で聞いた。
山を抜けようとした者が山中で記憶をなくす。
しかし荷も体も無事で気が付いたら山の向こう側に抜けられていたと。

「攫わない」
言っていることが意味をなしていない。
平然とした顔をしているが、内心は混乱を極めているのだろう。

「なぜ酔香花が効かなかった」
代わりに答えたのはタリスに剣を突きつけられている、ディールという少年だ。
少女とは対照的に、闘争心むき出しでアレスに挑む。

「効いたさ。だから俺の目の前でそいつを持っていかれてしまった」
自嘲の笑いが口元に浮かぶ。
失態だ。
いくら未知の植物の毒だといっても、主を奪われてしまうなど余りに情けない。

「あの濃さを耐えられるなど考えられなかった。だから今回は」
「目的は石か」
貫くようにタリスが真っ直ぐ少年に言葉を叩きつけた。
少年が怯む。
体格はタリスやラナーン程はあったが、まだ年若い。
仕草から内面の情緒不安定が明らかだったし、言動も読みやすい。

「当たり、か」
指摘され視線を反らせたことが、彼の肯定を示す。

「金品が目的ではなかったはずだが」
アレスとタリス、二人が少年と少女の二人にそれぞれ剣先を突きつけながら、相手を放り出して会話を始める。
奇妙な光景だった。
だが、緊張は絶えずこの小さな部屋に張りつめたままだった。

「目的の物ではなかったんだ」
タリスの推測だ。
だが、当たっているだけに少年も少女も否定はできず黙ったままだった。

「こいつらが狙ってたのはただの高価で希少な石じゃない」
「ラナーンがそれを持っていたと?」
「ようやく起きてきたか、アレス」
ラナーンが無事だった。
目はまだ堅く閉ざされたままだが、五体は揃っている。
服も汚れておらず皮膚も切れていない。
乱暴には扱われていなかった、それだけで少し安堵する。

タリスが顔から緑の布を引き剥がした。
ここにはもう酔香花の香りは漂っていない。
アレスも倣い、顔の下半面を覆っていた布を引き剥がした。

「思い出してみろ。ラナーンに何があった」
「耳飾か」
まだデュラーンにいた頃、凍牙(トウガ)の山に登った。
冷え凍える山、岩は鋭く上を向いて剥いた牙のようだった。
踏みしめるたびに鳴く岩と氷の小さな音は忘れない。

過酷な山道の先に作られた祠でラナーンとアレスは奇妙な体験をしたと、タリスは聞いていた。


デュラーンの国王、ディラス王が洞窟深くに築いた祠の中。
ラナーンとアレスは氷に埋もれ、僅か柄だけが頭を出している凍りついた剣を見つけた。

光に包まれた女性のシルエットは、透き通った音と評するに値する声でアレスに語りかけた。

意味を成さない言葉の羅列だった。
人の罪、神。
さらには魔という言葉まで出てきた。

魔は増殖を始めた獣(ビースト)のことではないか。


「そうだ、そこが始まりだった」
千五百年もの昔。
ガルファードとサロアたちが封じたものたちが、今また現世に現れたのではないか。
デュラーンに獣(ビースト)が現れた。
ファラトネスでは人が惨殺された。
海を渡れば各地で呼び名を変え、姿を変え、獣(ビースト)が出没している。

祠で託された言葉と耳飾。
単なる装飾品だと軽んじていたわけではない。
だが、アレスにしてみれば単なる石にしか見えない。
剣はかの中に、と言われた。
どのような術をして封じ込められたかは分からないが、剣がこの石の中に入っていると光の女は言っていた。

アレスは石をラナーンの耳につけた。
装飾品をつける習慣はなかった。
年頃になり、ラナーンの従妹エレーネがいくつか装飾品を見繕ってくれた。
結局は箱の中に収めたままデュラーンのアレスの部屋に置いたまま出てきてしまった。
エレーネがアレスに合うようにと、シンプルだが質の高いファラトネスの石でデュラーンの彫刻師に作らせた逸品だった。
アレスはそれを特別な城の催し以外には決して身につけなかった。
みすぼらしいわけでは決してなかった。
装飾品や宝玉への感心は薄かっただけのことだ。

「確かに曰く付きの代物ではある」
「石を見る目はある。その石は確かに尋常じゃない」
ファラトネスで生まれ育ち、常に最上の石に囲まれてタリスは育った。

「私の持っているものではなく、あえてラナーンのそれに目をつけた」
少女か少年か、見定めたのはどちらか知れないが、それだけでもただ者ではない目を持っている。

ラナーンの耳に光る藍の深い石。
ファラトネスの魔石のように、結界石としての効果は見られない。
それでも不思議と惹きつけられる。

タリスの視界の端で、アレスの陰になっていたラナーンが身動ぎした。

「無事か」
酔香花の香りは特殊だ。
強烈な眠りに叩き落すが、持続性はない。
目覚めたラナーンの顔にも血が戻り、瞳は今自分が置かれている状況を把握しようと、左右に揺れる。

「ただの金持ちじゃない。何者だ、そいつは」
アレスに正面を向け、ラナーンを見下ろす少女の目が鋭い。
丸い大きな目をしていた。
一つに結ばれていた焦げた茶色の髪が、布の下から零れた。
目は確かにいい。
肝も据わっている。
ラナーンよりも幼い少女が、本当に一連の事件の首謀者なのか。
仲間の少年に剣を向けていながら、内心タリスは疑わしい心を拭えなかった。

「私たちは、ある石を追っていた。他の石ではない」
「何のことかさっぱり分からないな」
刃は変わらず少女の首を狙って外さなかったが、幾分かアレスの殺気が緩んだ。
少女と少年、どちらもアレスとタリスの隙を窺ってはいない。
ようやっと話をする気になったようだ。
ラナーンがアレスの背後で顔を持ち上げ、張りつめた四人の会話に耳を立てていた。

「太陽の石を知っているか?」
「聞いたこともない」
「私が調べてようやく辿り着いた。違う場所、違う時代では違う言葉で呼ばれていたのかもしれない」

タリスも首を横に振った。
その反応を予想していた風な少女は、そのまま話を進めた。

「魔石の一種だ。いや、そもそもそれが何なのか未だ分からない」
「獣(ビースト)みたいだ。得体の知れないモノ」
ラナーンが呟いた。
何気ない言葉だったが、少女の口元が引き攣ったのをアレスは見逃さなかった。

「邪を払う浄化石」
しかも、彼女が求める太陽の石なるものは、強い力を秘めるという。

「救いたいひとがいる」











go to next scene >>>

<<< re-turn to one world another story
        or
<<<<< re-turn to top page
















S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送