Silent History 53





リヒテル王国に船を寄せた朝。
その日の昼前には、オーグの町を経由する列車に乗車していた。
二等席の乗車券を三枚、タリスが握り締めて窓際の席に飛び込んだ。


「列車なんてあんまり乗ったことないだろう?」
動き始めた車窓に両手でかじりついたまま子どものようにはしゃぐタリスが、ラナーンに話を振った。

「そういえば。移動は船か車だったから」
ラナーンは頭上の荷物棚に手を掛けて、人数分の荷物を上げているアレスへ視線を投げた。

ラナーンはまだ席につかずアレスの隣で荷物を両手抱えで通路に立っている。
アレスは空いた左手を差し出して、ラナーンから荷物を受け取った。

「俺はラナーンと違って、特に身を隠さなければならない事情もなかったからな」
荷物を押し込み終え、アレスはラナーンの隣に腰を下ろした。
二等席でよかった。
旅する身分で一等席では贅沢が過ぎる。
かといって三等席だったならば、アレスの足は前の座席とで窮屈だったはずだ。

アレスにそのことを言ったらかならず、そこまで巨漢じゃないと返ってくるだろう。
しかし、事実決して背が低いわけではないタリスが、横に並べば小さく見えてしまう。

城の軍人たちは皆一様に体が鍛え上げられ、身長もそれなりにあった。
その中に紛れていたアレスは格別長身とも思わなかったが、市中で眺めてみれば、体格がいいことが分かる。
高いところに手が届く、体力仕事はこなせる。
何かと便利な体だ。

「リヒテルには来たことってあったのか」
「ああ、何度か。最近じゃ、タリスの姉君の挙式だったか」
生憎、ラナーンはその日は城に留まっていた。
成人するまでデュラーンの子は人目に触れぬようにする。
その理由も忘れられてしまったような掟に縛られていた。
リヒテル王に嫁ぐことが決まった、タリスの姉エストラに接見できたのは、エストラが故国ファラトネスを去る日だった。

「そういえば、いたな。ユリオスとエレーネと一緒に」
川沿いを流れる同じような車窓も見飽きてきたところ、タリスが話しに混じってきた。

「正確に言えば、その時は護衛として同行したんだがな」
「この列車だったのか?」
ラナーンが、その時の様子を目の前に映し出すように、アレスの話しに聞き入る。

「この路線ではないし、臨時列車としてだった。ディラス王とユリオス様は特別車両に。俺はその一両手前に乗っていた」
「特に武勇伝が匂ってこなかったところをみると、物騒なあれこれは起こらなかったってことか」
タリスは、彼らデュラーンからの客人がリヒテルに到着する四日前にはリヒテルに入っていた。

「あってたまるか。リヒテルは治安の良さで名高い。それも国王と優秀な臣下の目が、王国隅々まで行き届いているからだ」
王都行きの路線とは別れ、列車はオーグへの線路を辿っていく。





風景が田畑に切り替わる頃、木製の駅舎で列車は停車した。
列車を下りてから町に出るまでに見た駅員は二名だけだ。
列車に揺られていたのは三時間。
途中ラナーンはうとうととし、アレスは売店のある車両で本を買って戻ってきた。
タリスは窓に肘をついたまま、ラナーンと話をしたり外を眺めたりしていた。

三時間はやはり遠いなと、列車を下りてからタリスが晴天向けて拳を二つ振り上げた。
駅舎からも想像がついた通り、オーグは小さな町だ。

ようやく自由に動けるということもあって、タリスは元気だ。
先導されて、オーグを巡る。
道を知っているのか知らないのか、二人を引き連れて歩く。

「多分、ここだ」
その一言で指差した先には、廃墟と思しき屋敷が佇んでいた。
白光目映い中では合ったが、心なしか影すら差している。

多分、という言葉が示す数パーセントの外れなど気にもかけずに、タリスが門に近づいていく。
鉄門が聳える前までやってきたかと思うと、いきなり拳で門を叩き始めた。

「ちょっと、タリス」
ラナーンが駆け寄って、彼女を門から引き剥がした。
いくら何でも大胆すぎる。

「開かないじゃないか。どうすればいいんだ?」
絡み合う二人の横をアレスが通り過ぎ、門の右壁にある同色の石の突起を手のひらで押した。
しばらくして、石組みの隙間から声が漏れ出た。



「誰だ」
この屋敷の主は、客人という単語を知らないようだ。
最も、このような不気味な廃墟に住んでいる時点で、かなりの奇人だが。

「ファラトネスのタリスだ。老人を出せ」
壁に手を付き、隙間に向って叫ぶ。
対応の無礼さはお互い様だ。
壁に埋め込まれた通信機器の先が凍りついたように沈黙している。
相手もタリスが押し入るように言い放つとは思ってもいなかったのだろう。

「ここには今いない」
「じゃあ、どこにいる」
再び沈黙が続く。
タリスの苛立ちは、一秒ごとに降り積もっていき、十秒後に決壊した。

「セルスティアを出せ」
確かに、いきなり来てこの口調ならば、警戒しないほうが不思議だ。

「待て」
門は一向に開かない。
通信は途絶えた。

「どんな人間だ。壁の仕掛けといい廃墟に住む人間たちといい」
それをあっさり見破ってしまうアレスの観察力も大したものだ。

「変わったやつだ」
タリスが両手を腰に当てて、仁王立ちしている。
セルスティア、誰だそれは。
アレスの質問に、タリスは鼻を鳴らして屋敷を見据えた。
長時間列車に拘束され、解放されての機嫌よさも一気に下降したと見える。

「助手だよ。まあ、老人の側使いとしてはまだまともなやつだ」
ラナーンは鉄門の細工を気に入ったようで、指先で蔦に彫られたシルエットをなぞっている。
屋敷の中からは声一つしない。
その不気味さで、町の雰囲気からは随分浮いていた。
よく取り壊しの声が上がらないものだ。
その屋敷も、ラナーンの気には入ったようだ。




ラナーンの指の下で、突然門が横に滑り出した。
慌てて指を胸元に引っ込める様に、タリスが口元を緩めた。

「いくつか訂正させてもらわなければなりませんね。タリス様の発言を」
滑らかな口調は意外に若かった。
門が半分ほど開いて覗いた人影は、白く細い体躯。
顔は中性的で、雰囲気だけならばレンに似ていた。
年齢も、彼と同じくらいか少し上といったところか。

「同じようなものだろう」
「初めまして。タリス様の仰っていたご老人の助手をしております、セルスティアです」
継ぎ目とデザイン性のほとんどない白衣はローブのようだった。



「初めまして、タリスの友人でラナーン・グロスティア」
言いかけて、言葉を切った。
いつまでもデュラーンの名は名乗れない。

「ラナーン・グロスティア・リクスアと申します」
「初めまして、リクスアさん」
助手の視線が、次にアレスへと振られた。

「アレス・レイ・リクスアです」
「ご兄弟、ですか?」
「ええ、そう」
笑顔で答えたのはラナーンで、アレスは視線を反らせて苦笑をかみ殺していた。

「ともかく中へどうぞ」
彫が深いとはいえない、中性的な顔立ちはセルスティアの年齢をぼかしてしまう。
タリスに耳打ちして聞いてみれば、三十は越えているとの返答だった。
だが、どう若く見ても二十代前半といったところだ。

「で、いつ本当の兄弟になったんだ、俺たちは」
デュラーンの名を出せない代わりに、アレスの名を貰った。

「いろいろと都合が良さそうじゃないか、これから先も」
庭の石畳を踏みしめて、先には木製の大扉が堅く閉ざされている。



「老人と十七人の愉快な仲間たち、今も健在か?」
開け放たれて、広がったホールには人影はない。
各々、研究室やら資料室やらに篭っているのだ。

「残念ながら、あなたが来られてから四年のうちに研究員は入れ替わり、今では九人です」
「そうか」
「ご本人は、この屋敷にはおりません。夕刻になったら戻っても来ましょうが」
「どこに?」
「森です。研究員二人を引き連れて」











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