Silent History 49





強行突破だ。
無茶にもほどがある。

いつものことだ。
そう言い切ってしまうのは簡単だが、実際は言葉以上に体力と精神力を消耗する。
いつも前を闊歩する麗しの戦女神に振り回される。
見事な金糸を風に弄ばれるまま、岩道に締まった脚を掛ける様は著名な絵師に描かせた理想像のようだ。
強く、気高く、美しいの三拍子。
ラモアの一件以来、沈み込み消えかけた炎のごとく儚さを漂わせていた、ファラトネスの末姫。
タリス・エメラルダ・リスティール・ファラトン。

行動力と存在感、精神力もさることながら彼女の体力には目を見張る。

三拍子にもう一拍加えよう。
健康的、の一言を。








息が上がる。

まともな神経ならば、このような第一級の危険地帯に踏み入れたりはしない。
国にとって欠かすことのできない姫君を先へ行かせまいと、圧し掛かるように身体を張り、留まらせようとした。

どのような作用が及ぶとも分からない。
謎は未解明のままだった。
森の周囲はファラトネス兵で固められていた。
何人たりとも大森林に近づかせないように。
理由はもう一つ。
再び獣(ビースト)が暴走を始めたら、命を掛けて留めるために。
皆、体を掛けて警護に臨んでいた。

緊張の糸が張り巡らされている大森林へ近づこうなどと、誰が言い出すというのか。
タリスの行動は、ラナーンの想像を上回った。
ラナーンには幼馴染の意図が読めない。








タリスは押し留めようとする、鎧姿のファラトネス兵を睨み上げた。
明らかに、この場合はこちら側に非がある。

大森林を中心に警備が固められ、一帯が危険地域だというのは一目瞭然だ。
立ち込める不可解な霧に、一般人はもとより、ファラトネスの姫君を晒すことなどできない。
ファラトネス兵の行動は正当なものだ。
タリスもそれが理解できないはずはない。
しかし、ラナーンの目の前で毅然と兵を見据えるタリスの目は、大人しく引き下がる様子は皆無。
逆にこちらの正当性を主張している。

ラナーンには踏み込めない空気が、距離の狭い二人の間にあった。
低い声でのやり取りがあったのか、タリスの口元は確認できなかったが、力が抜けたように、兵は後ずさりした。
タリスはその脇をすり抜ける。


「よく通してくれたな」
「森には入らない。あそこの崖で森の様子を見るだけだと約束したからな」






ファラトネス王の三女アルスメラ。
本人曰く獣(ビースト)アレルギー、特殊体質のアリューシア。
二人をデュラーン領イェリアス島の研究施設へ船で送り出したその日。
タリスとラナーンは陸路で田舎街スレイスへ向った。
タリスは己の剣を手にして、スレイスを後にした。

スレイスを出て二日目になる。
城に戻らなくて二日目ということだ。

その二日間、のんびり田舎町で過ごしていたわけではない。
移動の辛い毎日だった。




わがままを聞いてくれ、と頼まれたのではない。
無理矢理連行された。

姫君の忠実なる従者、レン。
彼女を心底愛し、側に寄り添い、守り続けている。
彼女の行動を支え、あらゆる攻撃の盾ともなっていた。

口数は多くなく、荒ぶる姫君を包み込むように見守る。
レンとはそういう男だった。
背が高く、長い金の髪、痩身に見えるが骨が太くしなやかだ。
穏やかに姫を見つめる瞳である一方、それ以外には鋭く切り裂く剣のような目を 持つ。
彼女を傷つけようと刃を向けるものすべてを抹殺する強さ。

大切なものを守ろうとする、一点の曇りも迷いもない強さがあった。
その澄み切った意志は美しいと思った。

その彼を放って、ラナーンとタリス二人きりで今、こんな場所に立っている。




きっと心配している。
不安を漏らしたラナーンに、タリスはラナーンの心配を蹴散らす余裕の微笑を浮かべた。
何も言わず出てきたわけではない。

「もっとも、ここに来るとは言ってないけどな」
言ったらレンに、ラナーンが殺されそうだ。
背中の辺りが寒くなった。

「私がアレスに殺される」
アレスの過保護ぶりは、タリスもレンも呆れるほどだ。
そこまでされなくとも、自分の体は自分で守れるとラナーンは思っている。
剣はアレス自身が指導したものだし、城の中でも評価された。
剣術と学業。
それしかやることがなかったのだから、上達しない方が不思議というものだが。

ラナーンの剣は、命を絶つ剣ではない。
アレスはそう言う。
事実、そうだった。
獣(ビースト)と初めて対面したとき、足がすくむどころか体は動かなかった。
殺意を真正面から浴びせられたことなど、城の堅い鳥籠で守られていたときにはあり得なかった。



死をすぐ目の前に感じた。

剣を握り突き立てろ。
斬らなければ、自分の命が裂かれることになる。

城で受けてきた剣技の演習ではない。
敵は獣(ビースト)だ。
命を取るか、取られるか。

今、こうしているのは戦って切り捨ててきた命を渡ってきたからだ。
だから生きていられる。
死は等しく与えられる。
人も、獣(ビースト)も。
流れる血や裂ける肌は、人と同じ。
痛みも人と同じ。

獣(ビースト)って、何だ。
考えれば考えるほど混乱してくる。
ラナーンは黙って崖へ向う岩の道を歩いていた。


見晴らしの良い高台、と言いたいところだが空は晴れていても、足下に広がる大森林は霞んでいる。
ラナーンの知らない術を施したかのように霧が大森林と周囲を白く濁らせている。

霧がさしあたり人体に悪影響を与えないだろうということは、調査済みだった。
だが、確定ではなくあくまで仮定に過ぎない。
霧自体の正体が何なのか、今だ解明されていないのが現実だ。

「あれが、獣(ビースト)を押さえ込んでいる」
足場の悪い崖に踏み込むのを制止しに近寄った兵を、タリスは片腕を上げて下がらせた。
彼はタリスとラナーンが見える、離れた位置で待機することで納得した。
タリスとラナーン、ここならば二人で話ができる。

「同時に、人の森への侵入も拒む。だったよな」
大森林の現段階での調査結果はラナーンの耳にも届いていた。






いつ、どこから、何のために。

気が付いたら、獣(ビースト)はそこにいた。

始めは新種の獣と見分けが付かなかった。

だが、彼らは違った。

人に並ぶ知能、人をも凌ぐ力を有していた。

そして、人を襲った。

喰らうためではない。

自然の環から外れた存在だった。

異質なものだった。

理解できないものだった。

だから人間は恐れた。

それが、獣(ビースト)。


デュラーン、ファラトネス。

両国に獣(ビースト)が現れ、人との接触が確認されることが多くなった。

ファラトネスは、獣(ビースト)が嫌う魔石(ラピス)を手に、獣(ビースト)を退ける方法をとった。


人の世界、獣(ビースト)の世界との均衡がそれで守られてきた。

これからもそうあるものだと思われていた。



しかし。




「私は忘れない。みんな忘れないだろう。ここであった惨劇を」




突如として、これまで発見されていないような凶暴な獣(ビースト)が現れた。
ラモアの街から東に広がる、ファラトネスの大森林より彼らは漏れ出してきた。

迎撃部隊はほぼ全滅。
戦闘地域は血の海に沈んだ。


「なぜ獣(ビースト)は現れる。なぜ私たちを殺そうとする」
みんな、その答えを探している。

「憎まれているのかな。人間が、憎いのかな」
タリスの手が腰から下げた剣の柄に触れる。

「深い何かがあるんだ。獣(ビースト)も、それを抑えているこの霧も」
静かに低く響くタリスの声が、何かしらの決意を語っていた。

「繋がってる気がする」
糸を手繰り寄せれば、もっと他の何かとも繋がってるかもしれない。
頷く代わりに、タリスは目を伏せた。
剣が鞘に擦れる金属音がする。

鈍く光る刃先をタリスは真っ直ぐ前へ突き出した。
水平に持ち上げた剣は、遥か彼方まで地平を覆う大森林を向いていた。

学者が寄り集まり、何年も掛けて取り組んできた研究。
その謎、易々と解けるはずはない。

「このままではいけないんだ」

なぜ、今デュラーンの王ディラスは最愛の息子を解き放ったのか。
見え透いた芝居でラナーンを騙し果せたとしても、彼の賢しく忠実なる従者やファラトネス一族を欺くことなどできない。
ディラス王ならば分かるはずだ。
ラナーンの父、ディラス王に会いたいと思った。

彼が打った一手。
その一つで、ファラトネスのいろいろなものが音を立て始めた。

動くべきときなのかもしれない。


タリスは光を弾く、美しい刃の向こうにある大森林を見据えた。


「私もおまえについていく。あの従者だけじゃ頼りないからな」











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