Silent History 45






切っ先が太陽の光に消えた。
安定した垂直の振りで、刃は空気を縦に切り裂く。

剣が落ちた先は、想像していたような相手の鈍い鎧ではなく、澄み切った鋭い金属音を響かせた剣の峰だった。
逆に剣を抑えられてはこちらの攻勢を崩されてしまう。
素早く下がって剣を解き、一人分間合いを開けたところで、爪先で地面を蹴った。
足の指の下で砂が鳴る。

前に傾斜した体の勢いに乗って、右腕を開き剣を水平に叩きつけた。
相手は防ぎきれず、防具を着けた胴から上下に分断された。




気がした。


息が詰まる間。
刃を引いた剣はファラトネスが誇る軽量強固な防具に弾かれた。






「お見事」
口と顎に髭を蓄えた男が、手を打ちつつ大股でこちらに歩いてきた。
動くたびに防具で包まれた胴回りが、鎧の賑やかな声を上げる。

「始めてご指導させていただいたときに比べ、格段に切り返す速度があがっています」
ファラトネスの模様が入った上級兵の鎧の男は、叩いていた手を下へ下ろした。

「ただ、何と言いますか。覇気とでも表現したらよいのでしょうか。それが些か欠いているように思えますが」
いざという時に腰が引けてしまう。 情けないことではあるが、自覚はある。
ラナーンはたった今剣を交えていた、下級兵から体を離した。

「剣技はお城の軍兵に教わったのですか」
「ああ、兵といったら、そうだな」
「さすが陸軍で名高いデュラーンの太刀だ。型が美しい」
ラナーンは地面に落ちた剣先を持ち上げ、刃の根元から剣先へと視線を這わせた。
硬い防具に叩きつけて、刃が欠けていないか見てみたが、無事のようだ。

「アレスに教えてもらったんだ。デュラーンの剣、それにアレスの剣。それが私の剣」
「ではあの方はデュラーンのお人ではないのですか」
「幼い頃に、デュラーンに父親と共にやって来た。そして剣の腕を見込んだデュラーン王がアレスの父親を城に迎えた」
アレスはその父と共に、城に上ることになった。
その後、ラナーンと出会うことになる。


まだ完全に剣を習得する以前に、彼の父は息子と別れなければならなくなったが、父の技は、息子に受け継がれた。

「幼い頃に出会って、遊んで、育ってきたからかな」
側に置いてあった鞘を拾い上げ、剣先を溝に沈めた。

「兵だとか、側近だとか、あまり意識したことはないんだ」
父、ディラス王もアレスを一兵として扱わなかった。

「デュラーン王は、アレスを私と同じように育てた」
アレスの母が早くして亡くなり、父も同じくまだ幼さの残るアレスを置いて去っていった。
両親を失ったアレスのために我が子の側に居場所を与えてやったのかもしれない。

「アレスがいて、救われた。私も、母を早くに亡くしていたから」
重くさせてしまった空気を振り払うかのように、ラナーンは顔を上げて指導官の上級兵に微笑んだ。
借りていた剣を、彼の剣も収めた兵に返す。

「剣の指導をありがとう。剣技はもちろんだけど、今最も足りないのは覚悟なんだろうな。たぶん」



午前の時間を剣で消化し、一息ついて城の棟へと目を向けた。
丸みを帯びたファラトネスホワイトの外壁に包まれ、城を包む広大な庭に飛び出るようにして建つ一角。
そこにタリスの執務室がある。
もうしばらくしたら昼を迎えようとする時間、タリスは庭の散歩に出てくるはずだった。
しかし、ラモアでの獣(ビースト)事件があって以降。
いや、アレスと剣を交えてからこちら、彼女は執務室に篭る時間が長くなっていた。

「そういえば、もうそろそろ昼食の時間でしたかな」
「少し早いけど、城に戻るよ。また、相手を頼むかもしれない」
「いつでも喜んでお受けいたします。次は、ぜひとも私自身がお相手をさせていただきたい」


仮の自室へ戻ると、立ち上がったアレスが扉に向って歩いてきた。

「明日、だったよな。アリューシアがデュラーンに行くのは」
そしてタリスの姉、ファラトネス王の三女アルスメラもまたデュラーンに向う。
だがラナーンとアレスはその理由はもちろん、予定すらしらない。
ファラトネス王国の村娘アリューシア・ルーファの目的は、獣(ビースト)の研究。
つまりは留学だ。
彼女の獣(ビースト)への感知能力、彼女はそれをアレルギー反応だというが、その能力を活かすチャンスだ。

一方、人目を忍んでデュラーンへ渡航するアルスメラの目的は、デュラーンの調査だ。
デュラーン王ディラスは、なぜラナーンを手放そうとしたのか。
また、捜索はされているのか。

ファラトネス王ラウティファータは、当事者であるラナーンの口から事の概要は聞いた。
望まぬ婚約を父であるディラス王に迫られ、拒否するために国外逃亡を図った。

だがそれだけでは納得できない。
そもそも息子たちの中を引き裂くような真似を、ディラスができるはずがない。
彼の国デュラーンと密接な関係にあるファラトネス。
ディラス王のことは、ラウティファータはよく知っている。
彼の、息子たちに注ぐ愛の深さも知っている。


国から動けないラウティファータは娘のアルスメラにデュラーンの調査を任せた。
また、国内で問題となっている獣(ビースト)の解決の一手として、アリューシアへの留学許可を出した。
ファラトネスの獣(ビースト)事件は既にデュラーンは把握している。
デュラーン領内イェリアス島の研究施設への、ファラトネスの研究者の派遣受け入れも手配済みだ。
下地は整い、決行するは明日に迫った。





人が疎らに座る、食卓。
使用人の足だけが部屋を歩き回る。
ふと、ラウティファータが口を開いた。

「どんどん人が減っていってしまうわね」
寂しげな瞳に映ったのは空白の席だ。
四日前まで、そこには次女のエストラが収まっていた。


リヒテル王国王妃となったエストラは、リヒテルからの要請と胎の子のこともあり、リヒテルに戻っていった。
本人はもうしばらく故郷で過ごしたかったようだが、仕方がない。
強引に出てきた以上、もうわがままは言えない。

これ以上無理を言ってあの人に泣かれても困るから、と笑いながら手を振って母が用意したリヒテル行きの船に乗った。

そして今度はアルスメラと、迎え入れたばかりの客人アリューシア・ルーファもファラトネスを去る。



人が集まり始めた。
温かな光が降り注ぐ食事の間で、それぞれが席に着く。
ラナーンとアレスも広間に入ってきた。
席に座ってしばらくすると、タリスがレンを従えて現れた。
颯爽と歩く姿は変わりなかったが、向かい側に腰を下ろし、正面から見ると違和感を感じた。
顔色は悪くないが少し、痩せたような気がした。

食事を口に運びながら、気付かれないようにタリスを観察した。
食事量は落ちていないものの、やはり顎のラインが微かに細くなったように思う。

食事を終え、食卓を囲みながら談笑を楽しんだ後、タリスは再び執務室の方へ足を向けた。
腹ごなしの散歩のため、庭に出てみると白い影が見えた。

「イーヴァー?」
草陰が言葉に反応して揺れ動き、長い鼻が草間から飛び出た。
ラナーンは駆け寄る。

タリスが仕事ばかりのせいで、イーヴァーは構ってもらえない。
獣(ビースト)だということで、城内を好きに歩くことはできない。
イーヴァーは決して人を襲わない。
分かっていても、獣(ビースト)は人を襲うものだという根深い意識は取り除けない。
タリスがイーヴァーに制限を課した。
イーヴァーは頭がいい。
すぐにタリスの言ったことを理解した。

イーヴァーにラナーンが付いて行っているのか、また逆にラナーンの行き先にイーヴァーが付いて来るのか分からない。
特にどこというわけでなく歩き始めた。

風が抜けて気持ちがいい。
そう思いながら歩いている先、木の根元に誰かが横になっていた。
まだこの距離では、草に隠れて誰か判別できない。

近づいて、覗き込んで声を掛けた。


「アリューシア」
突然の声に、アリューシアは大きく目を見開いて、勢い良く体を起こした。











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