Silent History 26





執務室を出て、長い廊下の最後の扉を開くと、待ち構えていた侍女たちがタリスに群がった。
花畑の中にいるように、一斉に騒ぎ始めるのかと思いきや、黙ってタリスを取り囲む。


「ラナーンとアレスは、こっちだ」
再びレンに薄紗を掛けられた二人は、タリスに腕を掴まれ侍女たちの輪の中に引きずり込まれた。

「奥の宮に着いて落ち着くまでは、人目を避けたほうがいいんだろう?」

タリスを先頭に、アレス、ラナーンと続き、後ろにレンが従う。
四人の侍女が軽やかな足取りで両脇を固めているので、行列といっても重々しくはない。




中央の大廊を進み、奥の宮の白門が次第に大きくなっていく。
軽装の衛兵が両側に直立していた。
人形かと思うほどに静止した彼らだったが、タリスが迫ると、恭しく頭を下げた。

見慣れた風景が広がる。
扉を抜けると、広いホール。
幾重にも築かれた扉を潜り抜け、真っ直ぐ進むと、王の間に到達する。
タリスはまだ、薄紗を取るようレンに命じない。

三つ目の間に出ると、左の階段を上がっていった。
その間、幾人もの侍女や衛兵たちが立ち止まり、こちらに注意を向ける。
彼らは、ファラトネス式の敬礼をしていたが、誰一人としてタリスとレンに声を掛けるものはなかった。
表情は堅くなくとも、前方だけを見据えて進む、平時とは異なるタリスの様子を察したのだ。


「ここから先が、タリス様のお部屋になります」
城一棟分に住んでいる。
王は娘に城の何分の一かを分け与えようとしたが、タリスはそれを拒んだ。
歌と踊りが楽しめる間、酒を貯蔵できる貯蔵庫。
加えて寝る場所があればそれで満足だ。
王は、タリスに無理強いはしなかった。
タリスは外に興味を持ち、持ち前の吸収力と発想力を、城外で発揮している。
タリスが城に与える影響力を、王は高く評価していた。
愛娘をあえて城に閉じ込める理由はない。
次代の王としてすでに後継が立っている。

両脇にいた侍女二人が進み出て、扉を開けた。
花で飾られた通路を抜けると、半円形の広間が広がる。
長い階段の上は一面ガラス。
その向こうにはテラスが張り出している。


「もう、大丈夫だ」
ここは、完全にタリスのテリトリー。
タリスの世界だ。

半円状のホールを真っ直ぐに進んだ。
テラスの真下にある、中央大扉をレンが開錠する。
一団は、更に奥へと進んでいった。
変わらない。
白の壁はファラトネスの色。
太陽の光を受け、白は映える。

先ほど見えていた、ガラス戸の向こう側のテラスへは、この部屋からも階段が伸びている。
ラナーンは来るたびに、そのテラスに上る。
城下が一望でき風が抜ける、最高の場所だ。

緩やかに湾曲する階段を上り達した天井が、テラスの床にあたる。
タリスの私室は左側。
中央は宴の間。
レンの部屋は右側に配置されていた。

タリスの後を追って、私室の方へ向う。
下がるように命じないので、レンもタリスの後を歩いていた。

四角い間の壁にはいくつも扉が埋まっており、更に細分化されている。


タリスは侍女を伴って、右側の部屋に向かう。




「ここから先は、男子禁制です」

後に続こうとするラナーンの肩を、レンが引き止めた。

「もちろん、私も」

ラナーンには、何が始まるのか理解できず、何も言えないまま、レンの向こうで振り返るタリスを見送るばかりだ。




「湯浴みをなさるのですよ」
仕事の後の習慣だと、レンは教えた。

「切り替えるのです。仕事とご自分の時間を」
「儀式みたいなものだ」
タリスは服の袖を持ち上げ、小さく笑った。
湯浴みの後は、ラナーンの目に馴染んだ、いつもの軽装に着替える。

「しばらくレンが相手をしてくれる。すまないな」
タリスは、侍女四人を伴い、小ぶりな扉の向こうへ消えた。






「馴染んだ国とはいえ、いつもと勝手が違い、お疲れではありませんか」
レンは、椅子を円卓から引き出し、ラナーンとアレスに勧めた。

「今は、まだ」
アレスの横顔を伺った。
無表情のまま、腰を下ろしている。

「レンの方が疲れただろう?」
「薄紗を被っているとはいえ、もし見破られたら、もし好奇心旺盛な侍女に声を掛けられたら、と刺激的ではありましたが。疲れてはいませんよ」

「アレスは?」
興味なさ気に、壁の白い彫刻を眺めていた。
ラナーンの声を聞いているのかいないのか、反応がない。

「アレス、どうしました」
「ああ。いや、別に」
「別に、じゃないだろう。やっぱり、疲れてるのか?」
「そうじゃないが」
タリスに並ぶ体力の持ち主だ。
顔を隠して、堂々と知ったファラトネスを闊歩するくらいで、体力を消耗したりはしない。

「だったら、どうしてそうして」
「あえて言うなら、復習かな」
長い脚を机の下で組んだ。
片肘を卓上に、手のひらに顎を乗せる。

「いろいろと、不可解なことが多過ぎてね」
「しばらくは、ファラトネスで過ごされてはいかがです」
「でも、それは」
ラナーンがレンの言葉を押し留める。
なるべく早く、去りたかった。
滞在時間が長ければ長いほど、タリスを訪れた客の情報は外部に漏れ出る。
デュラーンに知れれば、逃れてきた意味がなくなる。

「詳しい事情は今はお伺いしません。ただ、ラナーン様とアレスの二人を留められないほど、この城は小さくはないし、国土も狭くはない」
「確かに、レンならうまく取り計らってくれるだろうな」
「そうだろうけど」
ラナーンは、素直に受け入れられない。
タリスもレンも、大切な友人だ。
だからこそ、困らせるようなことは可能な限り避けたい。
それに。

「タリス様にすべてお話しください。必ず、お二人の力になるはずです」
「一つ、恐ろしいことがある」
アレスが指を顎に当てた。
壁から離した目は、ラナーンへ向う。

「あいつがお前を黙って離すだろうかってことだ」
ラナーンよりも数ヶ月だけ年少だといえ、タリスにとって年齢など余り重要視すべき問題ではない。



尊敬できる、できない。
経験が豊富、貧困。
知識が豊かかそうでないか。
そんなものは、年齢だけでは計れるものではない。
人格や好奇心が左右するものだろう。



タリスの思考は直接、彼女の行動に現れる。
庇護すべき対象かそうでないかもまた、この思考に準じている。

レンは一端左の部屋へ下がった。


「タリスはいつだって、よくしてくれる。居心地のいい場所をいつも与えてくれる」
「それが、不満か」
アレスの真っ直ぐな目が痛い。
真実を射抜く目だ。
タリスの目に似ている。
彼らはある意味、似たもの同士だ。
だからこそ、互いの実力を認めながらも反発しあう。

「不満じゃない。何て言ったらいいんだろう」
言葉は、不自由だ。
心のカタチを、そのままに伝えることなんてできない。

「甘えてはいけないと、思うんだ」
「お前自身のために、か」
タリスに迷惑を掛けてはいけないと思うと同時に、これからは他人の助力を必要としてはいけないと考えさせられる。
もう、デュラーン王の庇護を受けることなどないのだから。

「他人の助けなしに生きている奴なんていない。誰だってそれがごく僅かだったとしても、他者と関わりあって生きている」
「差し出された手は、握ってもいいのではありませんか」
レンが盆に茶器を乗せて、戻ってきた。
慣れた手つきで、茶葉に湯を注ぎ蓋を被せた。

「ちょうどいい機会です。ファラトネスでこの先のことをゆっくり考えられたらいかがです」
「ここは、俺やお前にとって、第二の故郷みたいなものだからな」
確かに、そうだ。
ファラトネスの国と、タリスたちのお陰で体だけでなく、心も休まる。

レンが黙ったまま、小さな磁器の器をラナーンとアレスの前に置いた。

「逃げてばかりいたくないんだ。もう」
一人で歩けるだけの力は、あるはずなのに。






「言葉が足らないのは、どちらもだな。まったく」
澄み切った声が、沈鬱な空気を破る。

「レン、私にも茶を」
肌まで透けんばかりの薄着で、タリスが机の横に仁王立ちしている。


「タリス様!」
小さな悲鳴をあげながら、侍女たちが小走りにタリスの後を追ってきた。

「そのようなお召し物で。いけません!」
薄紗を体に巻きつけ、着物を完成させる。

「御髪だってまだ完全には乾かせてはいないのですよ」
「すぐに乾く」
レンの茶をあおってから、反論する。

「お召し物が濡れてしまいます」
多勢に無勢。
加えて、侍女の方が上手だ。
言葉が途切れた隙に、タリスの長い金の髪を布ですくい上げる。

「レン。もう一杯!」
言われる前に、レンの指先は茶器に伸びていた。


「どういう経路でファラトネスまで来たんだ」
「城から西に抜けて、北端の港からこっちに来た」
ラナーンが茶を啜りながら、タリスを見上げた。

「ファラトル、ジルフェ、ファラトネス」
「なるほどな。わざわざクレアノールで迂回した理由は、あとで聞くことにしよう」
タリスは、奥の私室への扉をレンに開かせた。

「腹も減っただろう。まずは食事にしよう」
最後の扉の向こうには、短い廊下が続き奥の部屋へと結んでいる。
廊下の壁際には、女たちが飾ったのだろう、ささやかながら花が添えられるように飾られている。

まるで、タリスを待っていましたとでも言うように、小さな花が生き生きと活けられていた。
タリスはその花に目を向けながら、嬉しそうに、少し誇らしげに廊下を抜けていく。

廊下から一歩飛び出すと、一段と広い部屋が広がった。

華やかだが、統一感のある室内。
彫刻の細工は細かいが、煩わしくはない。
あの超高速客船を思い出す。

「そうそう、約束通り舞姫に会わせなければならないな」
ラフィエルタ。

「乗ったんだろう?」
大河を横断するために、わざわざジルフェまで行った。





タリスが部屋の中央まで進み出て、気付いた。
彼女の体で陰になり、はっきりとは見えなかったが、何か白いものが横たわっている。

白銀の毛は、艶やかで美しい。
タリスの気配に気付き、ゆっくりと長い睫毛の下の眼を開いた。

優雅に身を起こし、眠そうに小さく欠伸をした。
音も立てぬ足取りで、タリスのところへ駆け寄った。

おかえりなさい、と長い鼻をタリスへ、愛しそうに摺り寄せる。
銀の毛を、優しくタリスは撫で上げた。


「これは、イーヴァー。私の同居人だ」


イーヴァーは見知らぬ人間たちに向って、小さく声を上げた。





「これって、もしかして」
ラナーンが声を詰まらせる。
続きを言いたいが、恐ろしくてその先が続けられない。


代わりに、アレスが継ぐ。




「獣(ビースト)、か」











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