Silent History 21





「静かだ」



真昼の華やかなファラトネスしか知らない。





「さすがに国の端まで賑やかさはない」
王宮は不夜城だ。

昼は花籠を携えた少女が宮殿を軽やかに駆け抜ける。
夜は絶え間なく歌と楽器が奏でられる。
円舞曲ときに、夜想曲。

デュラーンの荘厳さとは対照的に、ファラトネスは雅を重んじる。





デュラーンと同じ島国の小国、ファラトネス。

故国デュラーンを離れた王子ラナーンと従者アレスは、古くからの友人が居を構えるこの地へ足を下ろした。

ファラトネス北端の港街をファラトルと言う。
デュラーンの港街を出航し、ファラトルに着岸したラナーンを乗せた客船の側に、巡視船が停泊していた。

特別な光景ではない。

ファラトネス色の白い非民間船舶が、等間隔に並んでいる。
淡い街灯に、乳白色が浮き上がっている。


船内の穏やかさをそのまま港に持ち込んだように、人は真っ直ぐに宿へ散っていった。
行こうかという、アレスの号令にラナーンは従う。

宿は用意してある。
アレスの手回しの良さに、旅を始まって以来、ラナーンは関心し通しだ。





「遅くにすみません」
ラナーンの髪にフードを被せると、アレスの後ろを歩かせ宿の扉を開く。

「時間は聞いていたから平気だよ」
半分ほどアレスが開いたところで、内側から手が掛かる。

「そちらが、弟さんだね」
「ラナーンといいます」
二度、頷くと宿の女将は部屋の奥にある机を指差した。

「じゃあ、あそこに名前と住所を」
卓上には宿泊者一覧と、ペンが置いてある。

アレスが必要事項を記入している間、女将はラナーンへ話しかける。

「食事は?」
「船の中で摂りました」
「二人だけで旅行?」
「ええ、あの、友人に会いに来たんです。ファラトネス城、の城下街にいて」
「へえ、ここからだとまた少し移動しなくちゃいけないね」
ペンを置いたアレスが振り返った。

「さて、部屋に案内しようか」




宿は小さい。
部屋数は全部合わせてようやく二桁と言ったところだ。
朝食の時間の融通も利くし、荷物の袋を提げ、帯刀したアレスたちを追い払うこともしない。

「まだ祭りは始まっていないし、満室ってわけでもない」
ファラトネス城下での祭りまで、まだ一週間はある。
祭りの熱が上がってきているのは、準備に取り掛かっているファラトネス城下の店屋だけだった。

「ここだよ。これが、鍵。さっきの机の向かいに扉があっただろう?」
記憶を辿る。
半分光を落とした電灯に照らされ、小さな扉があった。

「そこに私と主人がいるから、何かあったら声を掛けて」
言い終わって、女将は指で小さな欠伸を隠した。

「ありがとうございます」
廊下の薄い明かりに照らされた女将の背中に、ラナーンが呼びかけた。
彼女は二度、頷くと手を振って応じてくれた。





「そっか、祭りか」
「行きたいのか」
部屋から廊下へ、アレスが顔を出した。
ラナーンは、廊下へ立ったままだ。

「タリスに会って、すぐにファラトネスの城から出ようとは思ってたけど」
その先が決まっていない。

「城下で祭りの日までいればいい」
「そうだな」
「それも、タリスに会ってから決めればいいだろう」

「今年もまた、成長してるだろうな」
ラナーンは小さく笑いながら、部屋に入った。

成長するに従い、タリスは剣術の腕を上げていった。
相手に指名されるのは、専ら宮殿内の兵士たちだ。

タリスにしてみれば、相手の力量に不足は無く、数もいる。
絶好の腕試しになるのだが、指名された方は背中に汗が流れる気分だ。

一国の王族に対し剣を振るだけで気後れがする。
タリスは真正面から、斬らねば斬るぞという気迫だ。
やりにくいこと、この上ない。

その点、アレスはタリスと対等に剣を交わらせられる数少ない人間だ。
アレスはタリスに負けを取るつもりなどないし、タリスは完全攻撃態勢で臨む。
剣術の腕も、体格も似通うところのある二人の攻防を、隠居よろしく従者のレンとラナーンで見守るのが、いつもの図だった。

「でもアレスは負けないだろう?」
「負けるつもりで試合を受けたことは無い」
「タリスも今年は、勝つかもしれない」
「そうなったら、あいつにお前の護衛を代わろうか」
「本気なのか、それ」
「さあな」
光に薄められた闇の中、笑ったアレスの歯が見えた。





翌朝、朝食を終えた二人は、昼前に宿を後にした。

「昨晩考えたんだがな」
「うん」
「ファラトルから、ジルフェに上る」
ジルフェは港街ファラトルの南西にある。

「直線距離にしてみれば、ファラトルを挟んで南東にあるファラトネスからは一端離れることになるが」

地図上では、現在地ファラトルを頂点に、デュラーンに近い左角にジルフェ、右角にファラトネスが位置することになる。

「ジルフェには大河が流れ込んでいる」
アレスが宙に指先で三角を描く。

「ああ、デュラーンとの海峡を終点に、ファラトネスまで」
その三角に横線を一本引きかけた、ラナーンの指が止まった。

「そう、か。ジルフェから河を?」
「そう、一気にファラトネスまで横断する」
陸路を行くよりも数段速い。
何と言っても、ここはファラトネス。
水上の覇者の国だ。

「また、船だ。だが今度は数日掛けて、海の波を掻き分けて進む客船じゃない」
「風を切る船、か」
「大河の流れも物ともせず突き進む」
デュラーン王家一行がファラトネスを訪れるときに使う高速艇の比ではない。
中型軽量でありながら、高出力連続稼動に耐え得るだけの内燃機関を搭載している。


走る宝玉、駆ける黄金。


どれ程に金を積んだかアレスにもわからない。
内部構造は最高機密。
その船舶が、ジルフェから駆け抜ける。

「民間船と言うよりも、むしろ軍用船だな」
国家予算を積み、民間技術を結集し造らせた船だ。
いずれ戦艦に技術転化されるだろう。

周辺諸国の中でも群を抜いて造船技術の高いファラトネスだ。
通常の船舶でも、河を走れば一日でファラトネス近郊へ到着できる。
走らせるなら運河ではなく、またジルフェからファラトネスという国内ではなく、海洋を走らせればいい。

「一体、どういうつもりなんだろうな」
「船に乗った感想はタリスに言ってやれ」
「まさか」
庭に模型船を浮かべて遊ぶ、子ども。
タリスの場合、それは。

「あいつにとっては、紙の船と変わらない。規模の違いに過ぎないんだ」
持てる技術は高められるだけ高める。
応用できるものに、応用する。

「でもな、その技術が軍用船に使われてみろ」
ただでさえ現段階で、最大戦速と火力ともに最高値をたたき出しているファラトネス艦隊だ。
その怪物に喰いかかろうという国はいなくなる。

「今は、タリスの遊び程度でも、近いうちに国を動かす力になる」
「最も、それを活かすも殺すもレンの動き次第ってことだがな」

タリスが「船を造らせろ」とレンに言う。
レンが了承していなければ今頃、ジルフェを活気付ける程の超高速艇は登場していない。

「タリスが、城を出ないのが不思議だ」
隣国デュラーンへは頻繁に足を運び、ラナーンにも会いに来るが、長期で海外へ足を運ぶことは無かった。

「出したが最期、だな」
ファラトネス城内の本音は知らないが。


「さて、と。件のジルフェへ、だが」
河は港街のファラトルへも流れ込んでいる。

「ここは陸路で行ったほうがいい」
河は、目的地ジルフェには遠い。

「足は、これから探す」



調子がいい。
実にうまく流れている。
デュラーン兵の足音すら聞こえてこない。
獣(ビースト)も、数日前の凍牙(トウガ)の山麓で遭遇して以来、姿を見ていない。

アレスがいるからだ。
アレスに任せていれば、すべてがうまくいく。
ラナーンには、一つ一つの行動が、どうやって動けばいいのか。
どうすれば先に進めるのか、検討もつかないでいるのに。

「アレス」

アレスは今、何を見ているのだろう。
どこまで先を見ているのだろう。

「どうした」

予想を違わず、アレスは振り返った。
想像した通りの、柔らかな微笑で。

ラナーンは、アレスのことしか知らない。
それも、ラナーンを見るアレスしか知らない。

何も知らない。
何もできない自分が、口惜しい。


無力。


それだけが、身に染み入る。

変わろうと決めたのに。
このままではいけないと。
世界を見て、周りを見て、変わらなければと思うのに。
どうして、こんなに辛いのだろう。


「あっと、ファラトネス」
そうだ。

「ファラトネスに入って、どうすればタリスに会えるんだろうか」
流石に王宮に真正面から名乗りを上げて入城するわけにもいかない。
それくらいは、ラナーンにもわかる。

「何とかするさ」
何とでもなる。
アレスの悟りきった目が、羨ましい。
同時に、物理的にも精神的にも守ってもらうばかりの立場が、苦しい。
彼にとってラナーンは未だ庇護すべき対象なのだから。











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