Silent History 14
長く幅も広いテーブルの上には、ノースフラネ特産の農産物がさまざまに姿を変えて盛られていた。
色とりどりの野菜はどれも食欲をそそる鮮やかさだ。
黄を帯びた電灯の下では、酒も食事も旨さが引き立つ。
島国デュラーンならではの新鮮な魚介類は、北方の海から寄せられる。
山もあれば海もある。
気候は温暖でありながら、雨量も多い。
デュラーン西方は東方より山岳地帯が広がっているため、農産物に恵まれている。
「うまいな」
思わずアレスが漏らしてしまうほど、新鮮な魚介類と野菜は食欲を湧き上がらせた。
食がうまいと酒が入る。
酒がうまいと、口も回転数が上がる。
同席した屈強な男たちと笑いを交わすようになるのに、そう時間はかからなかった。
背はアレスと並ぶほどの高さだったが、明らかに男たちの方が大きく見える。
肩幅といい、腕の太さといい、ラナーンが隣に座っていると、まるで親子ほどに違う。
「洞窟の視察と警護をしている」
禿げ上がった男が、スープを啜りながら言った。
彼ら四人はデュラーン城から委託されて、洞窟の現状を視察しに来た。
クレアノールを抜けるデュラーンの民を警護しつつ、洞窟内の調査を行っていた。
どの男も筋肉質で、体格がいいのも頷ける。
見た目だけでなく、腕も確かなのだろう。
「獣(ビースト)の凶暴化は、最近になってからだ。ここ数年、獣の数は増えるだけでなく、人間にも牙を向けるようになった」
禿げ上がった男の右に座る髭の男が、ラナーンとアレスに顔を向けた。
「洞窟内の獣の駆除は、さほど難しくもないように思えるが」
アレスが木の実を発酵させた白い酒を傾ける。
甘い匂いに誘われラナーンも口にしたが、焼けそうな熱さが喉を通り、一口でグラスを置いた。
「内部はほぼ一本道だ。山脈の東方と西方、両側を兵で固めてから内部に潜んでいるだろう獣を一掃する。単純だが、かなり大掛かりな仕事だ」
男は小さな目を正面に座るラナーンとアレスに向けながら、魚を口に運ぶ。
「今までやらなかったのではなく、できなかったんだ。海路があるとはいえ、陸路のほうが、はるかに物流の時間を短縮できる。完全に山脈を封鎖してしまうのは、痛手だ」
「そこで、デュラーン王は洞窟を整備することにした。その前段階として、あなた方を派遣したということか」
アレスは、目の前で食事をともにしている四人の男たちに目を合わせた。
「おれたちも、クレアノールで獣に遭遇した」
ラナーンが手を休め、口を挟んだ。
「小型哺乳類、げっ歯類が多いんだが」
「小型じゃない。そんなものじゃなかった」
ラナーンが、アレスに視線で注釈を求めた。
「まさに、ケモノだ。体長も成人男性並みだった」
「まさか!」
森や平原など、人間からは遠い場所で確認されたことはあっても、街にほど近い、まして洞窟内で発見されたことはなかった。
「早急に増援を呼んで、洞窟内を徹底調査したほうがいいな」
内輪で顔を合わせた談議は、全員一致で結果はすでに出ていた。
「でも、その獣。いったいどこから」
ラナーンの疑問に答えられる人間はいなかった。
「正確な数だけでなく、その生態についてもはっきりとは判明していない。新種も発見されている」
研究はもとより、統計も取られている。
それでも数に乱れがあるのは、ラナーンの言う、獣の生息地帯が明らかになっていないからだ。
どこからともなく現れる。
亜種でなく、新種が発見されることもある。
今までは生態系への影響と、種に対する調査だけは続けられてきた。
しかし街まで浸出しデュラーンの人間に牙を向けるとなれば。
近い将来、掃討という積極的な強行手段にでなければならなくなるだろう。
野生動物と、獣(ビースト)。
明確な線引きはされていないものの、危険を感じたり、食物摂取のためのみ人間を襲うものか、理由不定のまま人間を襲うかでおおよその分類をしている。
いくら不自然に増加している獣(ビースト)といえど、生態系には浅からず絡んでいる。
だからこそ、やっかいで、安易な解決法で扱えない一件だった。
獣の駆除は、人間側から生態系を突き崩しかねず、それは国王の本意ではない。
今できることは、徹底した調査で情報を収集し、効率よく兵力を使うことだ。
ただただ殲滅だけを考えるほど、ディラス王は愚かではない。
「ところで、お前たちはどこに行くつもりなんだ。わざわざクレアノールを越えてまで」
宿の主人が雇っている娘に指示して、野菜を炒めた料理を運ばせた。
育ち盛りのアレスとラナーンだが、それ以上に男たちの胃はよく入る。
大皿に盛られた料理は、あっというまに腹の中に収まってしまった。
「北西に向かうつもりだ。そこに洞窟があって」
「洞窟? まさか、凍牙じゃないよな」
凍れる牙と呼ばれるほど、人間を寄せ付けない凍りついた洞窟だ。
好んで行く者などいない。
「最も、俺だって行ったことはないが。気候なんてこことはまったく違う。そこに、二人で行くつもりか」
剃髪の男が質問を投げかける。
仕事柄か、好奇心からか。
詮索せずにはいられない男のようだ。
「一体、そこで何をしようって言うんだ」
ラナーンが口を開く前に、アレスが言葉を滑り込ませた。
「調査に行くんだ。そちらと同じ」
今度は髭の男がラナーンたちに興味を持った。
「城のほうから調査の要請があって。獣(ビースト)の増加問題に何かしら関係ある場所なんだろう。深くは知られていない場所だからこそ、調査するよう命が下った」
「若いのを危険な場所によくやる気になったもんだ」
北方へ行くほど、また人口密度が低いところほど、獣の出現率は高くなる。
中でも凍牙周辺は高い数値を出していた。
「若いから、だ。それに剣術にも多少覚えがある」
調査だという答えも、アレスが男たちに話した二人の素性も、見抜けないほど巧妙にできた嘘ばかりだったが、アレスの剣術の腕については紛れもない真実だ。
「ま、気をつけることだな。特にそっちの弟さん」
ラナーンの方へ目が投げられた。
アレスは口を閉ざしたまま頷く。
「兄さんほどには鍛えられていないように見える。先は長いんだ、気ぃつけてな」
口を横に開いて髭の若者が笑って見せた。
階下では、なおも終わらない酒が酌み交わされている。
クレアノールについて、獣(ビースト)について正面から意見をぶつけ合える人間は少なかった。
獣について、多少なりとも知識のあるアレスに出会え、男たちは触発されたのだろう。
また、新種の獣についての議論と対策に熱くなっているのかもしれない。
階上に上がる階段で、徐々に小さくなっていく重なる声を聞きながら、ラナーンの浮かされたような熱は冷めていった。
「気を抜くな」
部屋に入り、明かりを点けないままアレスが窓を向いて言う。
「情報は思うより早く流れる。いくら顔が知れていないといっても、髪の色や体格、年齢を足跡として追っ手が掛かる。ここはデュラーンだ」
国王の子息が逃亡した。
その事実がいかに周りを巻き込み、影響を与える大事件かまだラナーンはしっかりと認識できていない。
今まで城壁の内側にいて、内からしか外を見ていない。
自分の尺度でしか物事を測れないのも当然だ。
アレスはそれを責めるつもりはない。
それを補うのも、ラナーンを守ると決めた自分の務めだと考えている。
「すまない」
ラナーンが謝る必要も、自分を責めることもない。
「まだ知らなければならないことばかりだ」
アレスも責めているわけではない。
ただ、言葉が足りない。
「必要な物は揃った。明日ここを出るが」
「そうだな。先を急ごう」
まとめる荷物も多くはない。
準備というほど大掛かりではない。
すぐにでも出発できる。
階下でまだ飲んでいる男たちへの別れの挨拶は、最後の酒盃とともに終わっている。
思い残すことはなかった。
go to
next
scene >>>
<<< re-turn to
one world another story
or
<<<<< re-turn to
top
page
S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送