((( クロノ・クロウラ 09 )))



「ひどいありさまだ。体を清めてまだ、これだけ傷が残る。どういう扱いを受けたらこうなるのか」
「叔父さん。それ以上は」
「どれだけのことができるか。正直わからんよ」
「命が危ないって?」
「何ともな。衰弱が激しい。その上熱もある。体力の問題だが」
「そんな」
「死ぬとは言っていない。今やれることは、やった。それ以外に言いようがない。月並みかもしれんがな。側にいてやれ。友だち、なんだろう」
「ああ」


頭に、響く声。
途切れたと思ったら、扉の閉まる乾いた音がした。
「織」
蒼が、ぼくの冷たくなった手を握る。
言葉にしなくても、蒼の気持ちは伝わってくるよ。


「そう」
ゆっくりと、瞬きをする。
淡く温かい光の中、蒼の顔が浮かんでいた。


「おり?」
握りこまれた、右手が痛い。
魂だけのときよりも、はっきり感じる。


「聞いてほしいことが、あるんだ。それに、終わったらぼくは」
言葉を終わる前に、蒼が背筋を伸ばしてベッドに手をついた。

「行かないで。ぼくの側にいて」
叔父さんに報告にいく蒼を、引き戻した。


「これは罰だから」
「何もしていないのに」
首を振る代わりに、目を閉じた。

「ぼくの生も、死も。罰なんだ」
蒼は床に膝を付いた。

「ぼくは、してはいけない罪を犯したから」



罰を願ったのは、ぼくだ。
忘れてしまいたかったのは、ぼく自身だ。








   かなしいのね
   別れるのが、つらいのね
   でも、わたしは平気

   うそ
   平気じゃないけど
   でもずっと
   あなたが近くにいてくれるでしょう?
   だからきっと、だいじょうぶだわ
   さみしくなんて、ないから
   だから、そんなに泣かないで




「女の子がいたんだ」




   あなた、だれなの?
   そんなところで、いったいなにしてるの?




「大きな目で、ぼくを見てた。ふわふわの髪をしていて、小さくて。この子こそ、天使みたいだって思った」




   だって、そこって

   まあ、いいわ
   その、手にあるのってなに?
   とてもきれいね
   青く光ってるわ




「何でも、『なに?』って聞く子だった。聞かれると、困ることばかり」




   もう、いっちゃうの?
   お仕事、ならしかたないわね
   でも
   また、会えるわよね
   こまった顔しないで

   会えないほうがいいなんて
   いわないで




「できれば会えないほうがいいんだ。言っても、その子は笑っていた。会えたほうがいいに決まってるじゃない、ってね」   




   あしたも待ってるわ
   この窓に、来てくれるんでしょう




「どういう意味か、わかってるのかって聞いたんだ」




   あら、そんなこと
   わたしがもうすぐ、死んじゃうってことでしょう?




「笑いながら言うことじゃないのにね」




   それで、あなたがわたしを
   連れていってくれるんでしょう?




「違うって言いたかったけど、何だか嘘、つけないんだ。あの子の前では」




   はじめて会ったとき
   あなたが持っていた、青い光

   わたしは、あれになるのね




「いつも笑顔で、ちいさな口から笑い声がもれてた、その子が初めて、真っ直ぐ見据えるような目で、ぼくの手元を見てたんだ」




   あなたがはこんでくれるのね、わたしを
   天国かしら、それとも




「人の魂っていうのは、エネルギーの塊なんだ。それは神さまのところまで運んでいく。そのあとは」




   ふうん、じゃあわたしも
   神さまのところまでいくと
   ぱあって、散っちゃうわけ




「エネルギーは、廻っているんだ。草になって、木になって、花になって、獣になって、魚になって、それにヒトにもなる」




   あたらしいいのちに、生まれかわるってわけね
   
   なら、わたし
   魚か鳥になりたい

   うごきたいの
   お部屋の中だけなんて、つまらないものね




「もうすぐ死んでしまうのに、どうしてこんなに笑っていられるんだろうって、思った」




   死んでしまうから、よ
   かなしんで、くるしんで、死ぬまでの毎日なんて
   おくりたくないもの




「本当に小さかったんだ。十年も生きていない。なのに」




   わたし
   たしかに、このとしで死んでしまうなんて
   
   なんてざんねん、って思うけど




「やりたいこともできなかったんだ。ずっとベッドの上で」




   でも、それでも、いっしょうけんめい生きたのよって
   いいたいのよ

   もうじゅうぶん、かなしんだから




「強い。消えていく命なのに、その心は眩しいほど光っている。だから、好きになったんだ。側にいたいと願った。いけないことだってわかっていても」




   わたし、きれいじゃないわね
   かわいくもないわ




「しばらくして、咳き込むことが、多くなった」




   かわいらしいわたしを、見ていてほしかったのに




「たしかに、青白く透けそうな肌だったし、目の周りは影がさしていた。でも、きれいだって、思ってたよ」




   かなしい顔、しちゃだめよ

   あなたがはげますんでしょ
   わたしじゃなくて




「そのときが近づいてきてるって、わかったから。離れるのが怖かった。一緒にいたかった」




   わたし、しあわせだわ




「信じられない。だって、死にかけて、痩せこけた子が言うんだ。かすかに笑いながら。皮肉でもなんでもなく、心からそう言ってるんだ」




   あなたにあえたからよ
   そばにいてくれた
   さみしく死んでしまうのなんて
   いや




「母親だっていた。父親も、仕事で疲れていても、側にいてあげようとしていた」



   それも、しあわせね
   わたしは、しあわせなの

   お母さんもお父さんもいる
   とってもやさしいわ

   妹だっている
   まだとってもちいさいけど
   知ってるでしょ
   かわいいの
   ふにふにしてて、くるくるのかみの毛




「でも、だったらどうして寂しいなんて、言うんだろうかって、不思議だった」



   だって、みんなかなしい顔するもの
   そうよね、わたし、いなくなるんだもの
   わかってる、とうぜんよね

   わかってるの

   笑おうってしても、どこかやっぱり
   いたそう

   そんな顔を見ると、かなしくなっちゃうじゃない




「ぼくの顔も、そうだったのかもしれない」



  
   あなたも、ね
   たまにとてもいたそうな顔をしてるわ

   でもね
   笑っていてって
   正直にいえるのって、あなたくらいだもの
   かなしい顔は、見あきたわ




「あの子は、もうずっとずっと長い間、死ぬ覚悟をしてきていたんだ。何度も、自分の短い人生を振り返って、何度も泣いて」




   たのしい
   ずっとこうしていたいって
   思っちゃだめなの

   わかってるんだけどな

   むねが苦しくなるたびに
   だめだ、だめだって
   こわくない
   さみしくないって
   思うんだけど

   うまくいかないね
   いつでもいなくなれる用意はできてるのに

   やっぱり、かなしい
   死ぬのが、こわい




「生きていてほしいって願ったんだ」



   こうして、毎晩話をきいてくれる
   わたしの、ぐちをきいてくれる

   いやじゃない?




「嫌なわけない。もっと、泣き叫んでもいいのに。辛いって、泣いていいのに」




   あら、がまんしてるわけじゃないのよ
   たのしいからよ

   あなたといることが

   泣くよりずっといい
   かなしんで、さけんで
   体力をつかいたくないわ




「もう、半身を起こすことだってできないでいたのに」




   ドアのむこうからね
   いつもきこえるの
   お母さんが泣いている声

   ききたくなかったわ

   泣かないで、おねがいよって
   お母さんのかみをなでても
   わたしでは、どうすることもできないの

   ごめんなさい
   わたし、あなたをこまらせてばかりよね

   こんな、話




「何もできない、なんて言うんだ。そんなの、ぼくのほうなのに。ぼくは、うまく笑ってあげられることさえ、できないでいたのに」 



   ねえ、こまらせついでに、きいてくれる?

   わたしね
   あなたのことが、だいすきよ

   今までで、いちばん

   そうね
   お父さんとお母さんと妹と
   みんなとおなじくらい

   とってもとっても
   だいすきよ

   いわなきゃって、思ってたの




「うれしい。ほんとに、うれしかった。ぼくだって、本当に大切に思っていた。ああ、この子を守らなきゃって、思った」




   ごめんなさい

   でも

   たいせつなことでしょう
   たいせつなことだから

   いわないまま、いなくなりたくなかったの

   ずっといっしょにいたいのに
   このままずっと、はなれたくなんてないのに




「こんな、思い。本当の初めてだったんだ。ずっと一緒にいたいって、守りたい、側にいたいって。それが長く続かない。すぐに終わってしまうってわかっていても」




   だめね、わたし

   声をだすのも、くるしいの
   わらいたいのに、わらえない




「もう、声は聞こえなくなっていた。それでも、ずっと側にいた。声がかすれて、くちびるが動かなくなってからずっと、離れることなく側にいた。それから半日もしないあいだに、あの子の体から、青白い光が、浮かび上がってきた。ぼくは、その温かい光を、抱きかかえたんだ」


涙を流しながら、頬を寄せた。
魂って、こんなに温かいんだな。



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